日本でも最近話題のMaaS(マース:Mobility as a Service)。A地点からB地点までの移動における課題を解決するサービスを指す。日本においては、既存の移動手段の組み合わせや、アプリによる情報シェアという発想が重視されており、勝敗の源泉となるユーザーからの移動デマンドの取得という視点や、課題を解決する付加価値を付けていくという発想が希薄に感じられる。シリコンバレーに駐在する有志で構成されるシリコンバレーD-Labのメンバーが、米国発のMaaSトレンドと日本企業の戦い方をレポートする。(編集部)

 「もう5時か」

 大手メーカーの米国シリコンバレー支社に勤めるAは、ノートパソコンの画面の時間を見て、ため息をついた。今日は午後7時からオフィスから30km離れたサンフランシスコ市で、日本企業の駐在員の懇親会がある。

「そろそろ、出掛ける準備でもするか」

 そう、つぶやいてスマートフォン(スマホ)を開いた瞬間、スマホが震え、ショートメッセージが届いた。Google{グーグル、親会社はAlphabet(アルファベット)}からだ。

「サンフランシスコに無料で移動しませんか?」

 メッセージによれば、到着までに余計に40分ほどかかり、スーパーと雑貨屋に寄ることとなるが、無人のロボタクシーを無料で利用できるという。タクシーを使うと、70ドル(8000円)かかる。しかも、スーパーと雑貨屋は、ちょうど寄りたいと思っていた場所だ。

 「よし、今日はグーグルのロボタクシーでサンフランシスコに行こう」

 Aはスマホの画面を操作し、ロボタクシーを呼んだ。

 次の日の朝、朝食を食べているAのスマホに、Uber Technologies(ウーバー)からのメールが届いた。タイトルは「毎月、クルマにいくら払っていますか?」。この問いにAは、指を折りながら簡単に計算してみた。

 「車両のローン代月々400ドルに、年2000ドルの保険料、ガソリン代に、駐車場代、メンテナンス費用も必要だ。ざっと、月々800ドルは払っているかも」

 ウーバーからの提案は、月額400ドルでウーバーによる送迎サービス、さらにバス、地下鉄、スクーターが乗り放題になるというもの。遠出するときのレンタカー代までもが追加費用不要で利用でき、ピザのデリバリーも配送費が無料となるという。出掛けたいときにわざわざウーバーを呼ぶのは、少し面倒だが、駐車場の空きを気にしなくて済み、好きな場所で、最も適した交通手段を選んで移動できるのは便利そうだ。Aは、クルマを持たない生活を頭の中に思い描き始めた。

肝は「移動デマンド」の取得

 このようなストーリーはまだ実現されていないものの、実際にグーグルとウーバーが実現を目指す可能性があるサービス像である。グーグルは、検索情報やカレンダーに基づく、利用者の生活情報を保持しており、ユーザーが何を好み、いつ何をする予定かという情報を持っている。加えて、自動運転車を開発する系列のWaymo(ウェイモ)では、移動コストを店舗に負担させる代わりに送客をするモデルの実証実験を開始している。この2つを組み合わせれば、上記のようなサービス像が見えてくる。

 ウーバーは、オンデマンドでの安価なサービス提供にこだわり、乗り合いをした場合、タクシーのおよそ5分の1の価格で移動できるサービスを提供している。圧倒的な低価格を武器に、ユーザーの移動デマンドを取得している。自動車を所有しない世界を実現するために、バイク(自転車)シェアリング企業の買収をしたり、公共交通機関と連携した実証実験も開始したりしている。ストーリーの中で示したようなサービスを展開する可能性は十分にあるだろう。

 こうした、ユーザーに「移動(モビリティ)」を提供するサービスを総称して「MaaS(Mobility as a Service)」と呼ぶ。グーグルが目指すサービスにせよ、ウーバーが目指すサービスにせよ、肝となっているのは、ユーザーがいつ、なぜ、どのような状況で移動したいのかという「移動デマンド」の取得である。シリコンバレーでは、この移動デマンドの収集を巡って、ライドシェアサービス事業者やITジャイアントをはじめとするプレーヤーが覇権争いをしている。

MaaSの本質
移動に関する課題を解決し、新たなサービスを作る(出所:シリコンバレーD-Labプロジェクトの資料)
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 MaaSの本質は、移動におけるユーザーの課題(ペインポイント)を解決し、新たな価値を生むサービスの提供である。日本でもようやくタクシーやバス、電車などの移動手段をアプリ上でつないだサービスへの取り組みが始まっているが、移動における課題解決に直結する移動デマンドの取得が重要であるという意識が希薄に思える。

 果たして今後、世界市場を意識したサービスのグローバル展開ができるのだろうか。過去にスマホが、世界をリードしていた日本の携帯電話機(ガラケー)を駆逐してしまったように、日本だけで成功しても、いずれ世界の潮流に飲み込まれてしまう可能性もある。本記事では、全世界を見据えた移動デマンドの争奪戦という観点も含め、米国発のMaaS動向を解説し、日本として採るべき戦略について考えたい。

 なお、本記事は、経済産業省のサポートを得て活動しているシリコンバレー駐在員の有志活動「シリコンバレーD-Lab」の第3弾リポートのエッセンスの一部を抽出したものである注1)。興味があれば、本リポートもぜひお読みいただきたい(「シリコンバレーD-Labプロジェクト(第3弾)~シリコンバレーから見えてきたMaaSの世界~」)。

注1)本活動および本稿で述べる見解は、個人が集まった有志団体のものであり、所属組織とは一切関係がありません。シリコンバレーD-Labは、経済産業省が主催するシリコンバレーに駐在していた4人の有志メンバーによる活動で、有識者の方々、メディアなどにご協力いただきながら、シリコンバレーで今起こっている変化の本質を伝え、次のビジネスに向けた新しい一歩を踏み出すためのきっかけを提供しています。

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