2019年4月3日、トヨタ自動車(以下、トヨタ)はモーターとPCU(パワー・コントロール・ユニット)、システム制御などの車両電動化関連技術の特許を無償提供すると発表した。トヨタが単独で保有する2万3740件の特許の実施権を2030年末まで無償で提供する。言うまでもなく、ハイブリッド車(HEV)はトヨタの競争力の源泉。その価値の高いハイブリッド技術の特許をなぜ無償で公開したのか。その狙いを同社の元エンジン技術者と現役の技術者に聞いた。

A&Mコンサルト 経営コンサルタントの中山聡史氏

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A&Mコンサルト 経営コンサルタントの中山聡史氏
トヨタ自動車でエンジン設計、開発、品質管理、環境対応業務等に従事。全てのエンジンシステムに関わり、海外でのエンジン走行テストなどにも同行経験あり。

トヨタによる特許の無償公開をどう見るか。

中山氏:初めは正直、驚いた。ハイブリッド技術の中でもコア(核)となるのはシステム制御技術だ。その証拠に、トヨタが無償提供する2万3740件の特許のうち、燃料電池を除くハイブリッド技術の中ではシステム制御の特許は7550件と最も多い。特許が多いということは当然、最もノウハウが多くて重要だということだ。このコア技術の特許まで競合他社に無償で提供すると聞き、果たしてトヨタにメリットがあるのかと疑問に感じた。

 だが、よく考えると特許だけで優れた製品を造れるわけではない。特許には、ものづくりの一部の情報しか書かれていないからだ。特許には載っていない技術やノウハウはたくさんあるし、重要な技術やノウハウの全てを特許にしているわけでもない。従って、この決定で競合他社がすぐにトヨタと同水準のHEVを造れるとは限らない。従って、HEVに関するトヨタの競争力が落ちることはないだろう。

では、無償提供する狙いは何だと見るか。

中山氏:一番の狙いは、世界における電動車両の普及を加速させることだろう。今、車両開発の現場で最も時間を要しているのは、「適合=チューニング」の業務だ。チューニングの業務を簡単に言うと、燃料マップ、すなわち燃料噴射時間を決めて、最終的に排出ガスや燃費に影響を与える部分をソフトウエアで調整していくことだ。この部分は環境規制の強化で開発工数がかなり膨らんでいる。自動車メーカーが最も頭を悩ませていることでもある。

 トヨタは先の通りシステム制御の特許を無償提供することに加えて、有償ではあるものの、車両電動化システム全体のチューニングに関するアドバイスも提供すると言っている。チューニングは基本的にトライアル&エラー(試行錯誤)で進めていく。だからこそ、時間がかかる。手間が掛かるこの部分のノウハウをトヨタが提供するのだから、他社がHEVを造る場合に開発のリードタイムを短縮できる。そうすれば、比較的短期間でさまざまな自動車メーカーからHEVを初めとした電動車両が市場投入されるだろう。結果、電動車両の普及が世界で加速するというわけだ。

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トヨタが無償提供する特許の分野と件数
(トヨタの資料を基に日経 xTECHが作成)

競合企業に塩を送ることにならないか。

中山氏:ハイブリッド技術を自社で囲い込むよりも、オープンにすることで得られる利点があるとトヨタは見込んだのではないか。現在はオープンイノベーションが盛んだ。特許を通じて技術をオープンにするとで、トヨタの技術をベースとしたハイブリッド技術の開発にさまざまな企業に参入してもらう。すると、トヨタ1社で開発するよりも、大きな開発リソースがハイブリッド技術に投入され、付加価値の高い技術や部品が生まれてくる可能性がある。そうすれば、トヨタはその技術や部品を利用し、競争力を高めることができる。

 確かに、今回の決定で世界のHEVの開発競争が激しくなる可能性はある。だが、トヨタとしては得意のベンチマークにより競合製品を調査し、その上を行く開発を行っていくのだろう。他社の良い技術から謙虚に学び、消化して、より高い技術に昇華させることをトヨタの技術者は脈々と行っているからだ。

 ただ、競合が増えることで各自動車メーカーが互いに追い抜いたり、追い抜かれたりを繰り返すことになる。その激しい競争を経て、HEVの進化は確実に進化するだろう。

 トヨタはクルマの環境負荷をゼロに近づける「環境チャレンジ2050」を発表している。これを実現するためにも、ハイブリッド技術を囲い込まずに広く普及させるべきだと考えたのではないか。環境負荷軽減に積極的な姿勢を示すことは、企業のブランドイメージの向上にも貢献する。結局はトヨタも利益を得られるのだ。

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