米IBMのパソコン事業を中国レノボ(Lenovo、レノボ・グループ)が買収したのは2005年。企業が変わっても、変わらずノートパソコン「ThinkPad」の開発を受け持っているのが、神奈川県にあるレノボ・ジャパンの「大和研究所」だ。

 大和研究所は、1992年10月にThinkPadが生まれた開発拠点でもある。2011年、大和市から観光客や買い物客でにぎわう横浜市みなとみらいの一等地のオフィスビルへ、製品信頼性試験設備を含め研究所丸ごと移転した。場所を変えても、世界に向けてThinkPadを開発し続けている。レノボ・ジャパンのメインオフィスがあるのはビルの21階だが、同じ建物の2階に耐衝撃試験設備や電波音響暗室を備える。

みなとみらい駅前に研究所
大和研究所はみなとみらい駅に直結するみなとみらいセンタービル内にある。クイーンズスクエア横浜などショッピングモールのすぐ隣という好立地(撮影:日経 xTECH)
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製品設計・試験施設がずらり
一見普通のオフィスビルだが、2階のテナントとしてレノボ・ジャパン製品設計・試験施設が入居している。試作機が仕様を満たすかどうか、確認するための設備だ。21階のオフィスには、試験設備の写真が展示されていた(撮影:日経 xTECH)

 「ThinkPadの特徴は、移り変わりの大きなノートパソコン業界で、ビジネス向けのノートパソコンとして、ブレない”ThinkPad”ブランドを発信し続けている点にある」と、レノボ・ジャパン 取締役執行役員常務 ThinkPad/NECPC 製品開発の福島晃氏は話す。例えば、薄型化しながらも外観デザインの印象は以前から変わらない。

レノボ・ジャパン 取締役執行役員常務 ThinkPad/NECPC 製品開発の福島晃氏(撮影:日経 xTECH)
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 こうしたブランド維持の裏には、ThinkPad クライテリアと呼ぶ200項目以上の独自製品基準がある。さらに、「ThinkPadの哲学」と呼ぶ思想も共有しているという。ユーザーの生産性向上に向けて先進的な技術を取り込み、相反する要求もブレイクスルーか試行錯誤で乗り越える、という精神だ。こうした仕掛けに加えて、研究所の場所が変わっても以前からの開発メンバーが多く残ることで、ThinkPadとしてのポリシーが維持できているという。もちろん、維持しているのはポリシーだけではない。「液晶ディスプレーや記憶装置を開発したといった経験は、技術的なバックグラウンドとして役立っている」(福島氏)。

「ThinkPadの父」の写真も
2018年4月にレノボ・ジャパン 取締役副社長を退任したThinkPadの父とも呼ばれる内藤在正氏の写真が飾られていた。よく見ると、社員の写真で構成されている(撮影:日経 xTECH)
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