「…というわけなんです」

 檜山は、Ptソフト開発からのクレームについて、仁科次長に報告を終えた。

 仁科次長は、腕を組み宙をにらんだ。

「ちょっと厄介だな。契約上は、確かに先方の言い分にも一理ある。しかし、進捗状況や遅れの原因がはっきりしないのは問題だ。その点、吉山が言うことももっともだ。彼女のことだから、ストレートにきつい言い方をしたのかもしれんが」

 檜山は頭をかいた。

「もっと早く手を打たなかったのは私の責任です。いったん吉山に任せた以上、言い方に多少問題があったとしても、今から撤回するわけにもいかないでしょう」

 仁科次長は、半眼を開けてうなずいた。

「だな。で、どうする?」

「謝りに行きます」

「え?」

「私が、謝りに行きます。Ptソフト開発さんに」

「どういうことだ?」

 けげんな顔をする仁科次長に向かって、檜山は説明した。

「覚えておられますか? 以前、協力会社のSEさんが、別のお客様の仕事をかけもちしていて問題になりましたよね」

 仁科次長の顔に、笑みが浮かんだ。

「そんなこともあったな」

「あのとき、興奮している私に、次長はウイン・ウインの話をされました。相手先にもいろいろ事情があり、思惑もあるのだから、ウイン・ウインの関係を作らないと長続きしないぞ、と」

 仁科次長が、照れたように顔を伏せる。

「俺が、そんな立派なことを言ったか?」

 檜山はうなずいた。

「はい。そのときのことを思い出して、考えたんです。いったい、村内さんはどういうつもりなんだろうと」

 檜山は、昨夜一晩かけて考えた作戦を、上司に説明した。仁科次長は、聞き終えると腕組みを解いて、にやりと笑った。

「なるほど。お前もいろいろ考えるようになったな、檜山。もしこじれるようなら言ってくれ。その時は俺が出ていくから」

 Ptソフト開発の村内は、見るからに緊張していた。

 無理もない。檜山から、事前に「ご上司の戸田様の同席をお願いしたい」と言われていたから、てっきりクレームをつけられると思ったはずだ。だとしても、言うことは言わねばならない、そんな悲壮な決意が、村内の目元に漂っていた。

 しかし檜山は、村内の上司の戸田営業部長の顔をまっすぐに見てから、言った。

「このたびは、村内様に大変なご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」

 そして、深々と頭を下げた。

 あっけに取られたのは、村内だけではなかった。戸田営業部長も、ぽかんと口をあけている。

 檜山は、言葉を継いだ。

「先般、村内様が仰った通り、進捗・品質管理の情報共有について、お見積もりをいただく際に、きちんと詰めておくべきでした。それができていなかったのは、わたくしどもの責任です」

 檜山の言葉を聞いて、戸田営業部長は首をかしげた。当事者が自ら積極的に責任を認めることはまれだ。そんなことをしたら、その後の交渉に不利に働く。

「しかしながら」

 檜山は顔を上げ、再び戸田営業部長の顔に視線を当てた。

「責任を認めた上で、今後のことについて、あえてお願い申し上げたいのです。村内さんご指摘の通り、本件は請負契約ですから、プロセスの遂行は御社の専管事項です。御社内でお持ちの進捗・品質情報の提出を当方から要求することはできません。しかし、後になって納期や品質に問題が出たら、御社としてもリカバリーに多大な工数が必要になってしまうはずです。そうならないように、相互に情報を共有し、知恵を出し合えれば、どちらもハッピーになるんじゃないでしょうか?」

 それまで黙っていた村内が、ここで口を挟んだ。

「しかしですね。檜山さん…」

「まあ待てよ、村内」

 戸田営業部長が、笑みを浮かべながら言った。

「檜山さんは、君を助けようとしてくれてるようだぞ」

 戸田営業部長は、檜山に向かって、ざっくばらんな口調で言った。

「檜山さん、お察しの通りです。前回の仕事で、かなりのコスト超過になったこともありまして、村内は今回是々非々でいく方針で臨んでいます。日次の報告や品質評価といった追加作業を、安易に受けないようにするということです」

「そうですか」

 檜山はうなずいた。読み通りだ。村内さんは、上司からくぎを刺されて、今回の取引でコスト超過の原因を作るまいと必死だったのだ。

「ですが…」

 さらに説明しようとする檜山を、戸田営業部長は手で制した。

「村内から、こちらの立場をきちんと申し上げているようです。その上で、そちらのお考えがわかりました。確かに、後手に回ればこちらのダメージも拡大します。村内、話はわかったから、何ができるか、よく檜山さんと相談するんだ。いいな」

 村内よりも先に、檜山が言った。

「富田さんや吉山も交えて、本音でお話ししましょう」

 戸田営業部長がうなずいた。

「2人が直接の担当者ですからね。双方のメリットになるように、解決する方法があるはずです。檜山さん、引き続きよろしくお願いしますよ」

パートナーとウイン・ウインの関係を築く3つの心得

仁科 何とか解決策が見つかりそうでよかったな。

檜山 はい。Ptソフト開発さんの主任担当者に、富田さんのマネジメントを支援してもらえることになりました。

仁科 吉山も納得しているのかな?

檜山 主任担当者はしっかりした方ですし、自分がやいやい言うより、Ptソフト開発の中で進捗管理や課題管理ができるなら…と言ってましたよ。最新の進捗報告書はかなり改善されていたようです。

1.相手の立場で考える

檜山 村内さん、最初はわかりませんでしたよ。おつきあいの長い村内さんが、どうしてあんなリアクションをされるのか。

村内 びっくりされましたか? 実は社内でもいろいろありましてね。前回の教訓を踏まえ、今回は見積もり想定以上の作業を引き受けないように、担当営業はしっかり動けってくぎを刺されてたんですよ。

檜山 戸田部長に、でしょう。そうなんだろうなと考えたら、村内さんの仰ることが腑に落ちたんです。自社の立場を守って収支を確保するのは当然のことですから。安易に協力するなんて仰るわけにはいかなかったんですよね。

村内 恐縮です。でもあの時は、てっきりクレームを頂戴するんだと思って、冷や汗ものでしたよ。何しろ「部長を連れてこい」でしょう。

檜山 失礼いたしました。そんなつもりではなかったんですよ。

2.上位職者との合意を検討する

村内 私が相手では話にならないので、部長をお呼びになったんでしょうか。

檜山 少し違いますね。村内さんでは話にならないということではなくて、村内さんはきっとお立場上、譲歩できないんだろうと思いました。

村内 確かにその通りでした。実を言うと、社内では「村内が甘い顔をするから、あんなことになるんだ。弱腰じゃないか」みたいな話までありまして。

檜山 それはご苦労をおかけしましたね。たぶんそんなことだろうと思ったものですから、上位職の方とお話ししたほうが早かろうと考えた次第です。

村内 檜山さんがいきなりおわびから入られたので、戸田もびっくりしていました。

檜山 村内さんがきちんと貴社の立場を守ろうとされていること、当社も原則論ではそれに合意していることを誤解のないようにお伝えするためには、弊社の非を認めるほうがいいと思ったのです。もちろん、事前にこちらの上位職とは相談していました。担当者レベルで進まなければ、次はエスカレーションですよね。

3.方針合意後に担当者も交え、本音で話す

吉山 富田さんや村内さんとの話し合いが、案外うまく進んだのは、事前に戸田部長の方針合意があったからなのね。

檜山 そうなんだ。村内さんもだけど、富田さんも苦しかったみたいだよ。自分がうまく切り回せていないのはわかっているのに、誰にも助けを求められなくて。

吉山 近くに同じ会社の主任担当者がいるのに、応援まかりならぬみたいな雰囲気が社内にあったわけね。

檜山 そう。戸田部長が「先々品質問題を起こすよりは、現時点で工数をかけた方がいい」と判断してくださったおかげで、村内さん、富山さんも動きやすくなったんだね。村内さんがうちに甘い顔をしているわけではないこと、うちもPtソフト開発さんに不当に作業を押し付けようとしているわけではないことをご理解いただけてよかったよ。

吉山 富山さんの気心も知れてきたし、今度また飲み会行きましょうね。

檜山 あれ、そっちか?

<挿絵:大久保 友博>
小浜 耕己(おばま こうき)
スミセイ情報システム PMO部 統括マネージャ
住友生命保険で情報システムの開発とプロジェクト管理に従事。スミセイ情報システムに出向後、品質マネジメントシステムを担当し、全社PMOチームの立ち上げに携わる。サラリーマン稼業の傍ら小説家の顔も持つ。高校時代に書き始めて就職後にデビューした。SF、ミステリー、ホラー、ファンタジーなどフィクションの著書多数。日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。
出典:「ストーリーで学ぶプロマネの心得 プロマネ檜山の奮闘録」(日経BP)の「エピソード15 リーダーシップ」を改題
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