グループ長になると、面倒くさいことが多いけれど仕事の幅が広がる。檜山もようやく、そのことに気づいてきた。

 例えば、今日のような場合だ。

 檜山は、協力会社Ptソフト開発の営業担当、村内に笑いかけた。

「村内さん、またお世話になりますよ。前回の白金出版の時にはご苦労をおかけしました」

「いや本当に」

 村内は、大げさに渋面を作ってみせた。

「正直、採算割れで、私も社内でさんざんどやされましたよ」

「そうでしたか。村内さんには、本当にお世話になりました」

 白金出版の人材管理システム再構築は、苦しいプロジェクトだった。人事部門と組合の交渉がこじれて、要件定義工程が2カ月近く遅延した。PM(プロジェクトマネジャー)を務めていた檜山は、やむなく見切り発車で基本設計工程を並走させることにしたのだが、これが裏目に出て追加変更が続出。分割稼働で何とか納期はしのいだものの、追加予算折衝が不調に終わって、大きなコスト超過を招いてしまった。情報系を一括外注したPtソフト開発にも影響が及んで、かなりの迷惑をかけたのだ。

 Ptソフト開発側に変更管理の問題があり、開発費用の持ち出しで対応してもらった。ある意味、村内は檜山の会社での苦境を知っていて、「泣いて」くれたとも言える。その実態は檜山にもよくわかっていて、心苦しく思っていた。

 村内は、笑みを浮かべながらも念押しを忘れなかった。

「よくご理解くださっている檜山さんが昇格なさってよかった。今後ともよろしくお願いしますよ」

「まあ、私もこういう立場になりましたから、これまで以上に、村内さんとの接点も増えると思います。こちらこそ、よろしくお願いします」

 グループ長は、協力会社の調達にも関与する。職務権限上は、調達先を決定するのは檜山の上司の仁科次長だ。ただし実態として、グループ長の進言が退けられることは、まずない。

 委託先の選定に情実を入れるというわけではないが、多少なりとも、お世話になった協力会社に「恩返し」をできるわけだった。

 安定した委託先の確保や、継続的なビジネスを前提とした品質確保は、グループ長の職務とも言える。それを果たすために、協力会社とうまくウイン・ウインの関係を築く必要があった。グループ長という肩書も、時には役に立つ。

「それでは」

 一通りの挨拶を終えると、檜山は本題に入った。

「友永精機さんのRFP(提案依頼書)についてご説明しますね。今回、御社にご提案いただきたい部分は…」

 Ptソフト開発さんなら大丈夫だろう。檜山はそう楽観していた。人事系の開発経験が豊富だし、営業担当の村内は信頼できる。長期的にビジネスを継続するための協力関係もできている。きっと期待に応えてくれるはずだ。

 吉山ゆかりは、唇をとがらせた。

「駄目ですよう、檜山さん、全然駄目」

 部下の突然の駄目出しに、檜山は目を白黒させた。

「駄目って、一体何の話?」

「決まってるじゃないですか」

 吉山ゆかりは、腹に据えかねるというようにため息をついた。

「Ptソフト開発さん。人事申請ワークフロー部分の進捗が遅れてるの、聞いてませんか?」

「友永精機さんの話か」

 友永精機の人材管理システム再構築プロジェクトのPMは、吉山ゆかりが担当している。顧客に少し癖があるから、鼻っ柱の強い割に、顧客の懐に飛び込むのがうまい吉山を充てたのだ。要注意プロジェクトとは思っていなかったので、檜山は吉山に管理を任せて、詳細な状況を把握していなかった。

「確か実装工程に入ったとこだったね。遅れが出てるの?」

「出てるも何も」

 吉山ゆかりは、檜山をにらみつけた。ようやく本社に帰ってきたところを捕まえた以上、話にけりがつくまでは放さないという勢いだ。

「開始後3週間で2週間の遅れって、信じられます?あり得ないでしょ」

 さすがに、檜山も顔をしかめた。

「そりゃ、ひどいな」

 吉山は、ため息をついた。

「まあ、実装工程の遅れはよくある話じゃないですか。どこが問題で、どうリカバリーするかわかってれば、そんなに心配はしませんよ。まだ始まったばかりで、スケジュールに余裕はあるんだし。問題は、富田さんが原因や対策をきちんと説明してくれないこと」

 富田は、この案件のPtソフト開発側の責任者だ。檜山も一度、顔を合わせたことがある。

「富田さん? 若くてちょっとおとなしい感じで、真面目そうな人だったよね」

「真面目っちゃあ、真面目なんですけどね。どうにも頼りなくって。問い詰めるとオロオロするばかりで、とにかく頑張ってリカバリーするとしか言わないの。ねぇ檜山さん、檜山さんが連れてきた協力会社さんだからと思って、基本設計までは何とかこっちで頑張ってカバーしてきましたけど、もう限界。まずいですよ、これは」

 おっと。こっちに火の粉が飛んできたか。檜山は、何とか冷静さを保って、言い返した。

「確かに、グループ長として委託先の選定には絡んだけど、もう実装工程だろう? PMとしてどうしたいの?今から交代をお願いするのもリスクが高いぞ」

「そうですねぇ」

 吉山は、案外素直に考え込んだ。

「確かに、当社がお願いしたって、委託先が応じてくれるかどうかわからないし、今さら何も知らない人を連れてきてもらうわけにもいかないか。とりあえず、締め付けをきつくするしかないですね」

「締め付け?」

 穏やかでない言葉に、檜山は首をかしげた。協力会社は文字通りパートナーであって、こき使う対象ではない。締め付けなどという言い方は好きではなかった。

「進捗や品質について、プロダクトと担当者レベルで細かく報告してもらいます。富田さんが遅れの原因を説明できないなら、こっちで把握するしかないですもんね。心配は、詳細設計の品質です。何か先に進めない理由があるんですよ、きっと」

「そうだな」

 吉山の懸念には、檜山も同意せざるを得なかった。進捗遅れは、必ず品質にしわを寄せる。しかも上流工程に原因があるとなると、リカバリーは極めて厄介だ。檜山は初めて、これまで吉山にプロジェクトを任せきりにしてきたことを悔やんだ。

「とりあえず、富田さんには言っておきますけど、檜山さんから村内さんにもちゃんと話しておいてくださいね。まだ検証工程もあるのに、こんなことじゃ、先が思いやられます」

「わかった、わかった」

 確かに村内には言っておかないとな、と、檜山は思った。吉山の見立てが正しければ、これはスキルのミスマッチだ。せっかく信頼して、発注したのに。そう思うと気遣いが裏目に出たような気がして、怒りがこみ上げてきた。

 檜山からコンタクトする前に、村内の方から電話がかかってきた。相手の第一声を聞いて、檜山は驚いた。

「困りますよ、檜山さん」

 と村内は言ったのだ。檜山は、一瞬、相手が別件の話をしているのかと思った。反射的に問い返す。

「どうしたんですか、村内さん?」

 村内は、常に似ず興奮した声で言った。

「友永精機さんのプロジェクトですがね。先ほどうちの富田から連絡がありまして、御社の吉山さんに必要以上に詳細な報告を求められて困ってるようなんです」

 やっぱり、その件か。檜山は緊張した。これは、相手の言い分を聞くまで、不用意なことは言えない。

「詳細な報告、ですか」

「何でも、プロダクトと担当者単位で、日次レベルの進捗報告と品質評価を求められたようで」

「ほ、ほう」

 檜山は、受話器を握ってうなずく。なるほど、吉山は、さっそく「締め付け」を強化したわけか。

「この件、檜山さんもご存じなんですか?」

 村内の言葉の語尾が跳ね上がる。檜山は、とりあえず曖昧に答えることにした。

「概略だけ、吉山に聞いてますけど」

「すみませんけどね、檜山さん。日次でプロダクト別に報告するなんて、こちらの見積もりの前提に入ってませんよ。そもそも請負契約ですから、わたくしどもは成果物を完成させればいいわけで、誰が担当しているとか、プロセスがどうなっているとかを報告させるのは筋が違うんじゃありませんか?」

「なるほど」

「もし、そういった報告が必要なら、見積もり前に言っていただかないと。ここまで工程が進んでから急に言われても困ってしまいます。契約上の成果物には、詳細報告書は含まれておりません」

 確かに、契約上はそういうことになる。檜山は少し考えてから答えた。

「仰ることはわかりました。こちらとしても、無理を申し上げたいわけではなく、きちんとQCD(品質・コスト・供給)を確保したいだけなのです。一度、話を整理させていただいて、あらためてご相談させてください」

<挿絵:大久保 友博>
小浜 耕己(おばま こうき)
スミセイ情報システム PMO部 統括マネージャ
住友生命保険で情報システムの開発とプロジェクト管理に従事。スミセイ情報システムに出向後、品質マネジメントシステムを担当し、全社PMOチームの立ち上げに携わる。サラリーマン稼業の傍ら小説家の顔も持つ。高校時代に書き始めて就職後にデビューした。SF、ミステリー、ホラー、ファンタジーなどフィクションの著書多数。日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。
出典:「ストーリーで学ぶプロマネの心得 プロマネ檜山の奮闘録」(日経BP)の「エピソード15 リーダーシップ」を改題
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