自分の選択が賭け事の対象になっているとも知らない檜山は、カウンターに腰を落ち着けると、さっそく運ばれてきたビールを、当川のグラスに注いだ。

「本当に、長いことお世話になりました」

「いやいや」

 当川は素早くビール瓶を取り上げると、檜山のグラスに注ぎ返した。

「こちらこそ、お世話になりました」

 宴会クイーンの異名を取る吉山は、もう1本の小瓶から、既に手酌で自分のグラスを満たしている。

「それじゃあ、当川さんの前途を祝しまして、カンパーイ」

 グラスが触れ合い、それぞれがビールを口にする。3人のグラスがカウンターに戻ると、吉山は、見事なタイミングで宣言した。

「これにて挨拶は終わり。後は無礼講よ。ねえねえ、当川さん。どうでしたか、うちの檜山の仕事振りは?」

 檜山が、当惑したような声を出す。

「おいおい、いきなり仕事振りなんて言っても、答えにくいだろう」

 吉山は、グループ長に何を言われても動じない。

「いいのいいの。今日が最後なんだから、聞くこと聞いておかなくちゃ。ね、当川さん、どうでした?」

 当川は、うまそうにグラスのビールを飲み干すと、檜山に顔を向けた。

「やりやすかったですよ、檜山さんのプロジェクトは」

 吉山は、ビール瓶をマイクのように構えて、当川の顔の前に突き出す。

「やりやすかったと言うと、具体的には?」

 当川は、にこにこしながら答える。

「そうね…檜山さん、知ったかぶりしないし、変な邪魔はしないし、任せてくれましたから」

「なるほど」

 吉山は、“マイク”から、自分のグラスに注ぎ足すと、真面目な顔を作った。

「それはたぶん、この檜山が、会計のことなんてなーんも分かってなかったからですよ。実際は、全面的に当川さんを頼るしかなかったんじゃないの」

「あっ、こら」

 檜山が、吉山の頭を叩く振りをすると、吉山は大げさに首をすくめる。

 檜山は笑いながら言った。

「なーんもってことはないだろう。なーんもってことは」

 吉山は、唇を尖らせる。

「えー、でも、それが檜山戦法じゃないの? 分かんないって顔して、人に頼るの。実装技術だって、あたしにずっと頼り切りだったじゃないですか」

「言いすぎだってば」

 払いのけるような仕草をした檜山に、当川が真顔を向けた。

「でもね、檜山さん。それほど詳しいわけじゃないのに知ったかぶりをしたり、主導権を取ろうとして邪魔してきたりするPM(プロジェクトマネジャー)も多いんですよ。そういう人だと、どんどん仕事がやりにくくなってしまうんです」

 吉山が、やや不満そうな顔をする。

「ふーん、そういうものですか」

「そうですよ」

 当川は、自分の言葉にうなずいた。

「吉山さんにも覚えはありませんか? 実装技術に疎いくせに、思い込みで突っ走っちゃうPM。勝手に工数やスケジュールを決めて押し付けてきたり」

「あ、いるいる」

 吉山にも、思い当たるPMがいるらしい。

「ユーザーと、画面レイアウトを詰めてきちゃってさ。Webで実現しようとすると、大変なことになっちゃうのに、まるで無反省で」

「それ、俺じゃないよな」

 おどける檜山に、当川が笑いながら首を横に振った。

「檜山さんは違いますよ。進め方にはずいぶん意見をいただきましたし、要所要所で技術要素や要件の評価はされましたけど、業務や技術そのものについては、前面に出るのじゃなくて、私たちの力を引き出して、うまく活用しようとされてました。そうじゃありませんか、吉山さん」

 吉山は、ますます不本意そうな顔になって、しぶしぶ認めた。

「そういえば、確かに…。檜山戦法も、時には効果的ってことかな」

「ちぇっ、時には、かよ」

 カウンターの上に、3人の明るい笑い声が弾けた。


 仁科次長は、宴会明けにしてはすっきりした顔の檜山に尋ねた。

「考えは決まったか、檜山?」

 檜山はうなずいた。

「決まりました。新規顧客であることに鑑みて、若手のエースを投入しましょう」

 仁科次長は、怪訝そうな顔をして言った。

「それは俺が言ったことだが、誰だ、エースとは?」

「山科です」

「山科?  彼は実装技術に詳しくないし、在庫管理システムの経験もないはずだけど。どこがエースなんだ?」

 檜山は、にやっと笑った。

「次長が仰ったことじゃないですか。山科は明るさのエースです。彼なら、営業経験がありますから、顧客から話を引き出すことができますし、メンバーの力を活用できるはずです。打たれ強くて、簡単にはへこたれず、成功のビジョンを示すことができます。まさに新規顧客攻略に適任です」

 仁科次長は顔をしかめた。

「しかし、業務知識と技術力は…」

「サポートできるメンバーを配置します。ねえ次長、業務知識と技術力については、メンバーがPMを支援できます。でも、明るさやコミュニケーション特性は、支援しにくいんです。そうでしょう」

 次長はあきれたように頭を振ると、言った。

「檜山、全くお前ってやつは、いつも面倒な道ばかり選ぶんだな。そこまで腹を決めてるなら、やってみろ。きちんと後方支援するんだぞ」

 仁科次長の目は、厳しい言葉とは裏腹に笑っていた。


 関谷グループ長は、賭けの戦利品であるプレミア缶コーヒーを差し出しながら、ぼやいた。

「結局、吉山さんの勝ちね。山科さんだとは。ダークホースだったわ」

 小山グループ長も、悔しそうにコーヒーをひと缶差し出す。

「ずるいよ、吉山君は。檜山に、何か吹き込んだろ?」

 2つの缶コーヒーを胸に抱えると、吉山は嬉しそうに微笑んだ。

「吹き込んだなんて、人聞きの悪い。ねえ、お二方、部下の話をよく聞いて、部下の賢明な判断を受け入れるのが、立派なグループ長ってものじゃありません?」

メンバーの力を引き出すための3つの心得

関谷 最初のPMアサインって、グループ長のスタイルがまともに出るのよね。

小山 誰を選ぶかで、グループ長自身のマネジメントスタイルがわかるね。何を重視して、どう動こうとするか。

関谷 今回は、吉山さんにしてやられた感じね。考えてみれば、彼女が一番よく檜山さんのことを知ってるから。

小山 知ってるだけじゃなくて、彼女が誘導したような気もするなあ。後で、彼女からも話を聴いてみよう。

1.独走しない

小山 檜山は、独走しないタイプだよね。僕自身は、スケジュールや要員アサインについて、強引に自分で決めたいほうなんだ。みんなに文句を言われて、時々反省するんだけど。

関谷 それも悪くはないと思うわ。PM自身が、短時間で結論を出さなきゃ進まない局面も多いもの。ジャッジして、結論を出すのもPMの役割の1つでしょう?

小山 確かにそうだね。でも、PMといえども、何でも知っているわけじゃない。技術は日進月歩だし、経験のない業務分野のプロジェクトを担当することもある。僕なんかホスト系保守の出身だから、その感覚で話をすると、若手は当惑するみたいだよ。

関谷 そうね。PMにも、自信のある分野とそうじゃない分野がある。自分で全部やろうとするのは、無理があるかもしれないわね。

小山 PMは人を動かすのが仕事だからね。その点、檜山はうまい。猪突猛進型に見える割に、部下や協力会社の人の話をよく聞いているよ。今回のPMアサインもそうだ。技術的な難度が高くて、周囲の支援が必要だと判断した。だから、当川さんにどんなPMがやりやすいかを尋ねて、自分の最初の考えを変えたんだと思う。

関谷 じゃあ、最初は霧島さんに傾いてたの? それは残念。コーヒーをもらい損ねたわ。

2.要所で質問する

関谷 でも、他の人に頼りすぎるのも問題よね。檜山さん、そこは大丈夫かしら。

小山 当川さんや吉山さんの話では、要所要所で技術要素や業務の妥当性を評価してたって。

関谷 自分でも知識を持ってたってこと?

小山 そうじゃなくて、社内の知り合いから、セカンドオピニオンを聴いてたらしい。それこそ霧島さんとか、僕らの部下とか。

関谷 なるほど。有識者はプロジェクトの外にもいるものね。プロジェクトメンバーに対して、事細かに指図はしないけど、要所では適切な質問をしたり、指摘をしたりする。それなら確かにメンバーも動きやすいし、自分の知識や経験を出しやすいわね。

小山 そうだ。メンバーの力を引き出すには、黙って言う通りにするだけじゃなくて、自分の意思をもって方向付けをする必要がある。そのさじ加減が難しいんだけど、檜山は、周囲の力も借りて、うまくマネジメントするタイプってことだな。

関谷 あ、吉山さんが来た。彼女にも聞いてみましょう。

3.相手を知る

小山 吉山さん、どうして檜山の結論がわかったの?

吉山 へへ。そこはつきあい長いですもん。

関谷 つきあい長いだけじゃないでしょ。檜山さんに限らず、吉山さんは、人のリアクションを読むのがうまいわね。何かコツがあるんじゃない?

吉山 うーん、コツ、ですかあ? 強いて言えば、あたし、誰にでも興味があるんです。この人何を考えてるんだろうか、とか。どんなものが好きで、どんなものが嫌いなんだろうとか。どうなったら嬉しくて、どうなったら嫌なのかとか。そういうことをいつも気にしてるんです。

関谷 そうか。相手に興味を持つのは、相手を知る第一歩ね。発言の真意が気になる。仮説を立てて、確かめるために質問してみる。意外な答えが返ってきたら、また仮説を修正する。相手の立場や考え方がクリアになるほど、コミュニケーションはうまくいくわね。

小山 今回は、さらに檜山を誘導したんじゃない?

吉山 とんでもない。檜山さんは天然なんですよ。PMアサインが気になってたから、無意識に当川さんとあたしを飲みに誘ったのね。となれば、結論は見えてるっしょ! コーヒーごちそうさまでした!

<挿絵:大久保 友博>
小浜 耕己(おばま こうき)
スミセイ情報システム PMO部 統括マネージャ
住友生命保険で情報システムの開発とプロジェクト管理に従事。スミセイ情報システムに出向後、品質マネジメントシステムを担当し、全社PMOチームの立ち上げに携わる。サラリーマン稼業の傍ら小説家の顔も持つ。高校時代に書き始めて就職後にデビューした。SF、ミステリー、ホラー、ファンタジーなどフィクションの著書多数。日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。
出典:「ストーリーで学ぶプロマネの心得 プロマネ檜山の奮闘録」(日経BP)の「エピソード13 PMアサイン」を改題
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