日経アーキテクチュアでは、構造を強化する改修設計の第一人者、青木茂氏を講師に迎えたセミナー「地震から資産価値を守る 『改修設計のテクニック』」を7月29日(金)に東京で開催する。そのセミナーでも取り上げる仙台市の「佐藤ビル」について紹介する。東日本大震災(2011年)の罹災証明で半壊とされた建物を再生した例だ。4月の熊本地震から3カ月近くがたち、熊本では行政の罹災(りさい)証明で「全壊」や「半壊」とされて解体工事に踏み切る被災者が増え始めた。しかし、愛着のある建物を使い続けたいという人も少なくない。そうした被災ビルを解体から救うヒントになるだろう。(日経アーキテクチュア6月23日号から転載)

改修工事前の佐藤ビル。東日本大震災で被災したこのビルは、柱や梁に多数のひび割れが入り、「半壊」と認定された(写真:上田 宏)
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 被災から2年たっても、その建物の行く末は定まらなかった。2011年3月11日の東日本大震災で、仙台市内の佐藤ビルは大きな被害を受けた。鉄筋コンクリート(RC)造・5階建ての建物には、柱や梁、壁の至るところにひび割れが入った。翌12年3月、仙台市が発行した罹災証明書で「半壊」と認定された。

 完成は1969年。1階に6室の貸し事務所が入り、上階は23戸の賃貸住戸だった。仙台駅に近く、利便性の高い一帯には、同じように下階を事務所にしたマンションが多くあったという。しかし、震災で半壊以上の認定を受けた建物は徐々に取り壊されていった。

 そんな現状を横目に、佐藤ビルのオーナーは、改修して使い続ける道を模索した。半世紀前に父親が設計した建物に対する愛着を捨て切れなかったからだ。

 改修後のプランも描いていた。建物全体の改修と併せて、最上階を自宅にする案だ。震災前は別の場所に住んでいた高齢の母親と同居するので、エレベーターも新設したい。しかし、地元の建設会社などに相談しても、答えはどこも「改修は不可能。建て替えたほうがよい」だった。

 それでも諦めきれなかったオーナーは、様々な情報を調べた末、1人の改修設計のプロにたどり着く。30年以上にわたり、独自の改修手法「リファイニング建築」を追求してきた青木茂建築工房(東京都港区)の青木茂代表だ。オーナーの依頼で、13年春に初めて佐藤ビルを訪ねた青木代表はこう振り返る。「建物の被災状況は、それほど深刻ではない印象だった。阪神・淡路大震災でもっと激しく被災した建物を再生した経験がある。あとは、詳しい建物調査で確認し、法規的な課題もクリアできれば、十分に再生できる。『半壊』認定は、改修の可否には関係しない」〔図1〕

〔図1〕「半壊」と「既存不適格」の逆境を跳ね返す
上は改修前の外観。完成は1969年。1階が貸し事務所、2~5階が賃貸住戸。下は2015年12月に完成した改修後の外観。1~4階が賃貸住戸、5階がオーナー住戸になった
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