日経アーキテクチュア2017年12月28日号の特集「10大建築人2018」では、編集部の投票で選ばれた10組以外に、今後の活躍が期待される3組を取り上げた。いずれも山本理顕設計工場の出身者がパートナーとして共同で立ち上げた事務所だ。師匠である山本理顕氏に、所員との設計の進め方、どんな所員が独立後、伸びているのかを聞いた。

――独立後に複数のコンペ・プロポーザルを取ったサルハウスやカワグチテイ建築計画に話を聞いたところ、「1人だけで考えない」「最後まであきらめない」といった山本事務所時代の“教え”を今も実践していることが分かりました。山本理顕設計工場(1973年設立)で、そうしたやり方はずっと変わらないことですか。

 たぶん事務所の初期の頃からだと思います。スタッフと話しながらつくっていくというのが基本です。それは今も変わりません。コンペも同様です。僕自身がかなり強い意見を言うほうですので、スタッフが相応の考えを持っていないと会話が成り立ちません。

山本理顕設計工場主宰の山本理顕氏(写真:日経アーキテクチュア)
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――山本さんは所員に自分の考え以上の答えを求めている?

 いつだってわらをもつかむ気持ちで設計に当たっていますから(笑)。まわりにいるスタッフたちは、一緒にやっている仲間だという意識です。きちんとした受け答えができないスタッフだとこちらにストレスがたまってしまいます。

 最近の若いスタッフは優等生だけれど、1人で静かに仕事をしている人が多い。しかし設計は、1人でやるものではない。これは設計に限ったことではありません。仕事というのはコミュニケーションをお互いに取っていくものです。現在、建築に限らずどの仕事でも、コミュニケーション能力が問われていると思います。

――山本さんの事務所から独立後、活躍が目立っている人たちは、山本事務所時代はどうだったのでしょうか。

 安原幹や日野雅司、栃澤麻利(いずれもサルハウス共同代表)をはじめ、岩出山町立岩出山中学校(1996年)でチーフを務めた蜂屋景二(93~99年在籍、bbr)、中国の北京建外SOHO(2004年)でチーフだった迫慶一郎(1996~2004年在籍、SAKO建築設計工社)など、いずれも事務所の方向性を決めていくような所員でした。

サルハウスの共同代表である3人。左手から安原幹、栃澤麻利、日野雅司の各氏。それぞれ山本理顕設計工場に1998~2007年、1999~2006年、1998~2005年に在籍(写真:日経アーキテクチュア)
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 基本的な考えについては自分自身、強いものを持っていますが、事務所が継続してきたのは、こうした人たちをはじめ、きちんと会話ができる所員がいたおかげです。それはOBに限りません。現在、スイスの空港施設「ザ・サークル - チューリッヒ国際空港」を担当している妹尾慎吾(2003年入社)やトーマス・フォルストーフ(Thomas Volstorf、08年入所)も同様です。

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