東日本大震災で被災した宮城県東松島市の高台に、新しい小学校が完成した。隣地の自然林を取り込む教育の意図をくみ、森とつながったかのような木造校舎とした。職人不足などを考慮し、調達しやすいプレカットの製材だけで組み上げている。

中庭を囲んで普通教室棟などの木造校舎が並ぶ。宮野森小学校は、東日本大震災で被災した野蒜小学校と、児童数の減った宮戸小学校が2016年4月に統合して誕生。2017年1月にこの校舎に移った(写真:吉田 誠)
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 東日本大震災以降、公共施設の間借りや仮設校舎でしのいできた宮城県の東松島市立宮野森小学校が、2017年1月から新しい校舎に移った。間もなく卒業する6年生にとっては、初めての本設の校舎だ。「せめて卒業式くらいは、新しい校舎で迎えさせてあげたいというのが、地元の願いだった」。相澤日出夫校長は穏やかな表情でそう話す。

 約140人の児童が通う新しい校舎は、被災者の集団移転先として、高台の山林を造成した野蒜(のびる)北部丘陵地区にある。被災したJR仙石線も、この高台を走るルートに改めて、15年5月に開通した。今、学校の周辺は、さながら建設ラッシュの様相を呈している。

 延べ面積4000m2弱の校舎は、すべて木造だ。平屋の普通教室棟や図書棟、2階建ての特別教室棟、大空間の体育館といった木造建物が、耐火構造の渡り廊下などで防火区画を取りながら連なる。この分棟化によって、耐火要件を「その他建築物」に設定。製材による木構造を現しにしている。構造材には、宮城県と福島県のスギを約520m3利用した。

 「当初から、裏山の森を学習に生かす『森の学校づくり』というテーマが掲げられていたこともあり、木造校舎で提案をした」。設計を手掛けたシーラカンスK&H(東京都杉並区)の工藤和美代表は、提案の背景をそう説明する。同社は、14年に東松島市が実施したプロポーザルに、盛総合設計(仙台市)とのJVで応募し、設計者に選定された。