英国・ロンドンの交通ターミナルであるキングス・クロス地下駅。2期にわたった改修プロジェクトが2009年11月に完成した。英国の設計事務所、アライズ・アンド・モリソン・アーキテクツに勤務する山嵜一也氏が、このプロジェクトの設計・監理を担当し、竣工を見届けるまでには、長く険しい道のりと、いくつもの巡り合わせがあった。

 「会社を辞めて海外で働く」。山嵜氏がそう決断したのは今をさかのぼること10年前、26歳の冬だった。大学院を修了した後、レーモンド建築設計事務所に契約社員として1年間勤務。退職し、単身渡英したのは01年の春のことだ。就職口のアテがあったわけではない。「悩み続けた上での決断、大きな賭けだった」。同事務所時代の知人を頼って住む場所だけは確保し、就職活動を開始した。

500社以上に連絡を入れる

 学生時代からコンペに応募し続けていた山嵜氏。そのころからの作品をA4判のポートフォリオに仕立て、「英国建築家年鑑」に掲載されている設計事務所に宛てて、しらみつぶしに送り付けた。英語はほとんどできない。電話がかかってくると、事務所名と面接の日程を必死になって聞き取った。

山嵜氏が渡英後の就職活動時に使用したメモと、送り返された59通の「断りのレター」。英国建築家年鑑に掲載されている設計事務所、500社以上に連絡を取った(写真:山嵜 一也)
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 最初の勤め先はすぐに決まった。「今から考えると、給料はすごく安かった。相場を知らず、言われるままだった」。ビザの事情もよく分からなかった山嵜氏は、観光ビザのまま働き始めた。銀行口座も持てないので、給料は現金手渡しだった。

 だが、それも長くは続かない。英語の対応ができなければ、電話番すら務まらない。「明日から来なくていい」と言われ、とっさに問い返す言葉も、当時の山嵜氏は持ち合わせていなかった。このころまでに連絡を取った設計事務所は500社を超えた。