「ITに全く関係ない分野からITに飛び込んで活躍しているエンジニア」など、何らか“越境”を経験したエンジニアを「越境エンジニア」と名付け、1カ月に一人ずつインタビューを掲載する。今月取り上げるのは、ソフトウエアの脆弱性を見つけて報告する「バグハンター」として知られる西村宗晃氏。今回は、Webデザイナーからキャリアを始め、セキュリティと出会うことになるLSI技術者になるまでを聞いた。

(聞き手は大森 敏行=日経NETWORK)


 中学生のときにWindows 95が出て、「MIDIのキーボードをつなぐとDTM(デスクトップミュージック)ができる」ということを父が教えてくれました。それで、父が買ってきたDTMのキーボードで曲作りを始めた。それがコンピュータとの出会いです。

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 そこからDTMを通じて、音楽を作る仕事に就きたいと思いました。学生時代にバンドを組んで、DTMをベースに生音を重ねて音楽を作ったりしていました。

 Windows 98が登場した頃、家にアナログモデムを置いてインターネットにつなぐようになりました。自分が作った曲をホームページにアップロードしたりして、プロモーション活動をしていました。すると、会ったことない人がインターネットを見てくれて、いろいろ反響がある。「この曲どうやって作ったの」とか「ミックスのやり方を教えてください」とか。「これはおもしろいな」と思って自分のバンドの宣伝のためにWebデザインを勉強し、おしゃれに見えるようにいろんなデザインに凝っていきました。

 高校は北海道の高等専門学校(高専)でした。高専の頃も、ずっと音楽を作ったりホームページを作ったりしていました。高専を卒業すると、だいたいみんな学校があっせんした就職先に勤めることになります。自分は電気科だったので、周りの人は電力会社や電機メーカーに就職していました。ただ、自分が高専に入ったのは「受かったらシンセサイザーを買ってやる」と親に言われたからです。働くのも、音楽やWebデザインの仕事にしたいと思っていました。