(写真:日経コンストラクション)
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 復建技術コンサルタント(仙台市)の栗田俊一氏と米山貴光氏は、1993年の同期入社。専門は栗田氏が道路、米山氏がコンクリートなどの構造技術と分かれているが、本社だけでなくかつては盛岡支店、現在は東京事業部とたびたび同じ場所で働いている(写真1)。

写真1■ 仙台市発注の都市計画道路北四番丁大衡線荒巻本沢工区で、栗田氏が道路、米山氏が橋梁の設計を担当した。写真は現況(写真:復建技術コンサルタント)
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 東京事業部では、米山氏が橋梁の設計や点検を担当する技術一課、栗田氏が道路設計中心の技術二課のそれぞれ課長を務める。技術士でなければ課長以上の役職に就けないという同社で、取得した資格を生かして活躍している。

 しかし、技術士を取得したのは遅い方だった。同社では40歳までに取る社員が多いなか、栗田氏は43歳の時の2014年3月、米山氏は44歳の15年3月に取得した。

 栗田氏の記憶では、入社した頃は40歳代後半に技術士を初めて取得する社員が多かった。資格に関しては人並みに取ればよいと考えていたので、若手時代には資格取得にさほど熱心でなかった。入社した翌年の1994年に技術士補になった後、技術士取得を特に急ぐことなく仕事に専念していた。

 ところが2000年代に入り、取得年齢引き下げを目的とした技術士法改正などをきっかけに、同社でもより早い時期に取得する人が多くなっていった。「正直なところ焦った」と栗田氏は打ち明ける。

 社内では毎年、技術士の新規取得社員の情報を流すので、誰が取得済みで誰が未取得か、社内に知れ渡ってしまう。同期で若手時代から知っている米山氏もまだ取得していないと分かり、ともに励まし合って取得を目指すことにした。08年から二次試験を受け始めた。

高い評価が合格につながらない

 文章を書くのがあまり得意ではなかったという二人にとって、最大の難関は論文だった。

 当初は、社内の指導技術士に論文を提出して添削してもらう演習が主な勉強法だったが、やがて二人は袋小路に入ってしまう。それぞれの指導技術士からは高い評価を得るようになっても、なかなか合格という結果につながらなかった。

 「一生懸命書いているのに、なぜ不合格なのかと悩んだ」(米山氏)。

 指導技術士といっても受験指導のプロではなく、同じ会社に勤務する土木技術者だ。二人は何年も続けて指導を請うことに肩身の狭さを感じ始めた。プレッシャーを掛けないように笑いながら「早く技術士を取ってくれよ」と言う上司も目は笑っていないことに気付いて、ひやりとすることもあった。

 このままでは駄目だという思いを抱いてはいたが、二次の筆記試験の結果が出るのは毎年秋なので、会社がそこから繁忙期に入る。激務に追われるあまり、不合格を十分に反省する余裕がなかった。

プロの指導が転機に

 復建技術コンサルタントは、技術士の取得支援を手掛ける5Doors’(名古屋市)と09年から法人契約を結んでいる。技術士をまだ取得していない社員を毎年8人選び、同社による技術士二次試験の受験指導を受けさせている。対象社員は当初、課長補佐や係長クラスが中心だったが、最近はより下の主任クラス以下が主体だ。

 栗田氏と米山氏にとって、10年以降に相次いでこの指導を受けたことが技術士取得の決め手になった。

 二人が最も衝撃を受けたのは、論文の演習で受ける添削の内容が、社内の指導技術士とは全く異なっていたことだ。

 指導技術士からは主に、文中に盛り込んだ知見が妥当か、誤りがないかどうかをチェックされていたのに対し、5Doors’の指導では論旨を分かりやすくするための文章の構成や組み立て方をたたき込まれた。

 論文を書かない時でも仕事の合間などに建設関連の様々な問題を思い浮かべて、頭の中で具体的な課題を列挙し、その背景や解決策を考えてみる思考訓練を短時間で繰り返すよう指導された。

 復建技術コンサルタントでは、技術士を取得した社員が合格体験談を語る「伝達講習会」を実施している。かつては5Doors’の指導を受けて合格した社員の体験談を聞いてもいまひとつ理解できなかったが、自分も受けた後ではよく分かるようになり、合格への手応えを感じ始めた。

 論旨を分かりやすくする文章の構成や組み立て方を学んだことは、技術士取得後の今も業務上の意思疎通で役に立っているという。

出典:日経コンストラクション 2017年2月9日公開
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。