1965年に事務所を設立して以来、日本のみならず米国やアジアなど、世界各地に建築を残してきた槇文彦氏。東京・代官山の「ヒルサイドテラス」、ニューヨークの「4ワールド・トレード・センター(4WTC)」は、キーワードの1つである「集合体」のデザインを象徴する事例だ。その場所らしい建築表現とは何か。今も世界各国で模索し続けている。

――これまでの槇さんの建築を振り返ると、キーワードの1つとして「集合体」という視点があります。

 槇事務所の初期の頃から、「ヒルサイドテラス」(1969~92年)や、「立正大学熊谷キャンパス」(1968年)といった集合体を設計する機会がたまたま数多くありました。そこで何を学んだかということが、非常に大事だと思っています。

 かつては集落など自然と良い集合体ができていた時代があります。選択肢はそれしかないから素材もそろって、建築の型も次第とできて調和の取れた集合体を一般の人がつくっていました。ところがもはや現代の建築は何でもありです。建築家に頼もうとそうではなくても千差万別。つまりヘテロジニアス(異種・異質)なものが集合するときにどういう意味を持たせるのか、それを重要視しています。そのときに何が大事かというと「つなぎの空間」です。

槇 文彦氏(槇総合計画事務所代表)(写真:山田 愼二)
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――ヒルサイドテラスは、6期それぞれのデザインが異なっています。

 ヒルサイドテラスは1期から6期の完成まで25年かかり、一つひとつの建物は、それぞれの時代の制約であるコストや技術、ライフスタイルの変化を反映して、1つとして同じものはありません。それがどうして集合体としてまとまったかというと、それらをつなぐ外部空間を大事にしてつくってきたからです。

 敷地が比較的道路幅の広い旧山手通りの両側であったり、計画当初は第一種住居専用地域という厳しい条件だったり、様々な外的な要因もありました。1期のときにはどうなるのか分かりませんでしたが、四半世紀を経て6期になると、それぞれの経験が生きてきたと思います。

1期から6期まで25年にわたり環境を育成した「ヒルサイドテラス」。写真は1992年に完成した6期(写真:槇総合計画事務所)
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ヒルサイドテラスでは、6期にわたって歩道レベルでの視線の抜けを確保し、イベントができる広場などの外部空間を設けた(写真:槇総合計画事務所)
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 大学のキャンパスにも図書室や研究室があり、様々な異種の施設をどうやってまとめていくかという課題があり、そこにはいろいろな建築的手法が必要になってきます。外部空間の在り方も大事ですし、どういう種類の施設をそばに置けばよいかとか、景観上の問題とか、車を入れない場所にしたほうがよいとか、いろいろあるわけです。

 かつての集落とは違い、現代はそうした複雑な建築手法を積み重ねることで集合をつくっている。そこで重要となるのは、やはり人に楽しんでもらうということでしょう。