日経アーキテクチュア創刊40周年・特別講座「建築のチカラ」の連載3回目は、昨年に事務所創立50周年を迎えた槇文彦氏。インタビューの全文を3回に分けてお伝えする。「社会に対して責任を持つ」という基本姿勢は事務所の設立当初から変わらない。新国立競技場の整備計画への問題提起も、この考えが根底にある。

――昨年出版した作品集『槇文彦+槇総合計画事務所2015 時・姿・空間―場所の構築を目指して』(鹿島出版会)で、これまでの設計がどのような社会性を獲得してきたかに着目しています。建築家として社会に責任を持つという姿勢は初期からですか。

 もちろんです。建築は芸術性を持つべきですがアートとは違います。画家や彫刻家は、評価を受けて美術館に飾られても、評価されずに捨てられてもそれは自己責任であって社会に迷惑をかけていません。ところが建築はそうでなく、他人のお金を使って、その場に何十年も存在し続けるものです。まずはユーザーに歓んで(よろこんで)もらわなければなりませんが、ただ個人のためにあるだけではなく、同時に社会がその建築を価値あるものとして受け入れるための社会性が必要になってきます。

槇 文彦氏(槇総合計画事務所 代表)(写真:山田 愼二)
[画像のクリックで拡大表示]

――社会に受け入れられるとは?

 社会性が何かというと、それは少し時間をかけてみないと分からないものです。珍しいとか、完成したときに話題になるとか、建築雑誌の表紙になったから素晴らしいとか、そういう話ではありません。もちろん、建築史家や評論家による作品批評には耳を傾ける必要がありますが。評論家よりも一般の人が歓ぶことが重要です。

――「歓び」とは、具体的に言うとどのようなことでしょうか。

 古代ローマの建築家であり理論家でもあるヴィトルヴィウスが言う「用・強・美」の「美」は、ラテン語の「venustas」です。日本語では「美」と解釈されていました。しかしヴィトルヴィウスは「歓び」と言っていたのではないかという学者が最近、欧州に現れました。私は「美」と「歓び」のどちらかというより、両方あると思います。形態が美を、空間が歓びを与えている場合が多いのではないでしょうか。

 パルテノン神殿を見てすごいと思うのも1つの歓びです。我々の事務所が設計した「風の丘葬斎場」(1997年)ができたとき、市民が「これで私たちは安心して死ねます」と言ってくれました。人々のそうした歓びに応えることができて、私は建築家としてうれしかったことをよく覚えています。

大分県中津市に位置する「風の丘葬斎場」(1997年)。オンサイト計画設計事務所がランドスケープデザインを手掛けた「風の丘」の中に立つ(写真:吉田 誠)
[画像のクリックで拡大表示]

――「都市について建築家は絶えず関心を持つべき」との考えも重んじていますね。

 そうです。建築は田園や自然の中にあってもいいのですが、実際に我々がつくるものの多くは都市の中にあり、先ほど言ったように都市の中での建築の価値は、建築の社会性という観点から相当、問題にすべきテーマです。都市から建築が学ぶこともあるし、逆に建築から都市とはこうあるべきではないかと影響を与えるといった関係があります。そういう自覚を建築家は常に持たなくてはなりません。

 「新国立競技場」を例に挙げると、東京の中心にああいう巨大な施設が本当に建っていいのかと私は思いました。それが「新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える」(JIAマガジン2013年8月号)というエッセイで書いたことです。