「ITインフラSummit 2018」のスペシャル公演には、2017年に羽生善治永世七冠に勝利し、初タイトルとなる王座を獲得した中村太地王座が登壇。満杯の会場で、「AIとの対戦で見えた、将棋の新しい地平」と題し、現役棋士から見たAIと将棋の関係を語った。

中村 太地 王座

 まず中村氏は、2017年を「将棋界にとってはよい年でした」と振り返った。藤井聡太四段(現在は五段)の29連勝、「ヒフミン」こと加藤一二三九段の現役引退と人気の高まり、羽生善治竜王の永世七冠達成と、2017年の将棋界は大いに盛り上がった。

 一方で、中村氏は「ここ10年は激動、葛藤の10年でした」と述べた。それがAIとの戦いである。渡辺明竜王と将棋ソフト「Bonanza(ボナンザ)」がはじめて対局したのは2007年。結果は渡辺明竜王の勝利だった。当時のソフトの強さは「プロ手前の奨励会くらい」のレベルだったが、その後、急激に強くなり、2017年の第2期電王戦では、佐藤天彦名人がとうとう「Ponanza(ポナンザ)に敗れた。

 そのとき観戦していた人の中には涙を流す人がいた一方で、「人間が負けるのは当たり前。駆けっこで人間がクルマに勝てないのと同じ」と言う人もいたという。これについて中村氏自身は、「どちらのいうことも分かります。人間は知能において、他の生物より優れていますが、その知能で人間を超える存在が登場したことに、大きい抵抗感を覚えたのでしょう」と述べた。

 将棋ソフトの特徴は、圧倒的な読みのスピードと量である。ソフトが1秒間に何億という手を考えられるのに対して、人間は1秒間でせいぜい2~3手しか考えられない。また、局面を評価関数によって数値化していることも特徴といえる。近年は、ハード、ソフトの両面で、さらに進化のスピードが上がっている。

 また中村氏は、将棋ソフトの特徴を「形にとらわれない」「局面を点でとらえる」とも表現。この特徴のため、「一見すると、初心者の将棋と見間違うこともありますが、よく見ると絶妙な配置になっていることが多く、絵の世界でいえば、まるでピカソのような印象です」と述べた。

終わったはずの戦法「雁木」が復活、将棋ソフトの影響

 将棋ソフトの進化は、将棋界に大きな影響を与えている。1つは研究方法の変化だ。従来は、棋士同士の実践練習が主だったが、現在は自宅のパソコンでソフトと対戦したり、人間同士の対局をソフトに分析させる棋士が増えたという。

 戦法・戦術も変化した。例えば、江戸時代からあり、すでに終わったと思われていた戦法である「雁木(がんぎ)」が2017年になって復活した。ただし、これまでの戦い方ではなく、どんどん駒を捨てていくような新しい手法が出てくることによって見直された形だ。他にも古い戦法が復活したり、認識が変わったりというケースが増えているという。

 「人間の将棋の面白さを、ソフトが再発見させてくれました」と中村氏。棋士の存在意義は「強さ」にある。だが、人間が将棋ソフトに敗北したあとも、将棋ファンは人間同士の将棋を楽しんでいる。中村氏は「棋士の姿や人間模様も含めて、そこに物語性を見いだして、楽しんでいただけているのだと思います」と語り、将棋ソフトにはない人間同士の将棋が持つ魅力と可能性を語った。

 最後に、今後棋士に求められるものとして、変化を恐れずに新しいことに取り組む「積極的な姿勢」、新しい研究方法や戦法が本当に自分に合っているかどうかを判断する「冷静な分析」、将棋ソフトの出した答えを解釈し、自分の中に落とし込む「卓越した変換力」の3つを挙げて、講演を終えた。