その電話は実在する社会保険事務所の職員を名乗ってかかってきた。「お世話様です。いま専用電話がつながらない作業室にいるんですが、住民の方の住所を調べていただけないですか」。

 受話器を取ったのは年金事務担当だった自治体職員だ。年金の事務を行う社会保険事務所と自治体の担当者の間には、専用の電話番号がある。通常の業務は専用電話でやりとりする。しかし、その電話はなぜか一般の外線番号にかかってきた。

 「分かりました。ちょっと待ってください。すぐ折り返し電話しますので」。自治体職員はこう答えて電話を切り、専用電話を使って社会保険事務所の職員を呼び出した。「たった今うちに電話をかけましたか」「いえ、かけてないです」。

 電話の主は社会保険事務所の職員を装って自治体職員から個人情報を聞き出そうとしていた。しかも社会保険事務所の職員名も周到に調べて電話をかけてきた。当時のやりとりが忘れられない自治体職員は「役所の1番弱いところをターゲットにしていて、住民の個人情報を伝えてしまう職員がいてもおかしくない」と話す。

 2017年12月20日に日本航空がメールの送信者名を詐称して取引先になりすましたメールで航空機リース料などの支払いを要求されて約3億8000万円の「ビジネスメール詐欺」の被害に遭ったと発表した。企業から金銭をだまし取るフィッシングメールと同様に、自治体から個人情報を聞き出す「フィッシング電話」も頻発している。

 電話の主が何を狙って住民の個人情報を聞き出そうとしたのかは分からない。ただ、自治体から聞き出した情報はさらに別の情報を引き出すきっかけになりうる。過去には探偵調査会社が自治体職員をだまして聞き出した個人情報をストーカーに渡して殺人事件に発展した事態もあった。しかし、この自治体職員は「役所全体に危機意識が広まっているとはいえない」と明かす。

心もとない実態

 筆者がこの話を自治体職員から聞いたのはマイナンバー制度の取材をしていたときのことだ。マイナンバー制度は2017年11月から異なる行政機関の間で個人データのやりとりをする「情報連携」の本格運用が始まった。

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