見果てぬ共通アプリの夢

 なぜMicrosoftの期待ほどユニバーサルアプリは増えてくれなかったのだろう。筆者は、「アプリが共通に使える」ことが、Microsoftの思うほど魅力的ではなくなってしまったからではないかと考える。

 確かに、一度開発したアプリがそのままデスクトップでもスマホでも動くのかもしれない。だが、それとエンドユーザーにとってアプリが使いやすいかは別問題だ。

 スマホのように限られた画面スペースで操作させるには、最適な画面デザインや操作性といった画面サイズに合ったユーザーインタフェースがある。大型化したといっても5インチや6インチといった画面サイズが主流のスマホと、15インチ前後が当たり前のノートパソコンや、もっとはるかに大きな画面で使っているデスクトップパソコンのどれでも使いやすいアプリの画面が同じになるとは思えない。タッチとマウスの違いも考慮する必要があるだろう。

 例えば、マウスで操作するのが前提のデスクトップ画面をスマホで表示しても小さくてボタンが押せなかったりするし、そもそもタイトル部分だけが大きすぎて肝心の部分が見づらかったりしてしまうかもしれない。逆に、スマホのタッチ画面に合わせて画面を作ったら、パソコンの画面では妙に間延びして見えてしまうだろう。

 結局、開発者としては想定するターゲットに合わせて改めてアプリを最適化する必要があり、共通プラットフォームのメリットは思ったより少ないということだ。下手にリリースしてしまって思ったよりも販売が少ないと、その後のサポートやアプリメンテナンスの費用を捻出することさえ難しい。こうした点が重荷となって、ユニバーサルアプリへの移行が進まなかったのではないかと筆者は考える。

2011年のイベントでWindows PhoneについてプレゼンするJoe Belfiore氏
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 過去を振り返ると、1980年代に米IBMもメインフレームからオフコン、さらにはパソコンまで、共通のAPIを定義するSAA(Systems Application Architecture)という、壮大な構想を発表したことがある。SAAは開発途中で雲散霧消したが、一時代を制覇した覇者にとって「共通プラットフォーム」という夢をついつい見てしまうようだ。

 iPhoneとMacの関係と同じように、アプリの互換性にこだわらずデスクトップのWindowsとはまったく別物としてWindows Phoneを発展させていったらどうなっていただろう。歴史は巻き戻せず「たられば」を行っても仕方ないし、結果として今とあまり変わらなかったかもしれないが、Windows Phoneを登場したころからウオッチしていた身としては残念というのが今の気持ちだ。

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