(写真:Getty Images)

日本で本格的な普及期を迎えたIoT(インターネット・オブ・シングズ)。課題は導入をけん引する人材を確保できるかどうかだ。そもそも日本にはIoTのスキルを持つIT人材がどれくらいいるのか。日本初となるエンジニア2000人調査から日本のIT人材は「IoT初心者」であるとの実態が浮かび上がった。特にネットワークやクラウド、デバイスの技術に弱い。国際競争力を生み出すIoTの活用に向けて、現状を正しく認識し、人材育成の仕組みを確立することが急務だ。

 業種を問わず急ピッチでIoT(インターネット・オブ・シングズ)の活用が進むにつれて、IoTの導入を担うエンジニア不足の問題が浮上している。経済産業省はIoTや人工知能(AI)を担う先端IT人材が2020年に4万8000人不足すると予測している。

 現在のIT人材は「IoTエンジニア」として必要なスキルをどれだけ持っており、どのような意識でIoTに臨んでいるのか。どんなスキルを強化したいと考えているのか──。IT人材のスキルキャリアを研究するNPO法人「ITスキル研究フォーラム(iSRF)」はこれらを明らかにするため、国内初となる本格的なIoTエンジニア調査を実施した。その結果を報告する。

IoTエンジニアの役割は9種類

 一口にIoTエンジニアと言っても、役割は企画・戦略立案からシステムの開発・運用、プロジェクト運営まで多岐にわたる。iSRFはIoTエンジニアの人材像や必要なスキルを定義した「IoTスキル体系」を策定している。既存のITスキル標準(ITSS)を補完する意味でITSSとの関連を意識している。

 今回の調査はIoTスキル体系の役割やスキルレベルに基づいている。IoTエンジニアの役割は9種類とした。

(1)IoTビジネスストラテジスト
(2)IoTアーキテクト
(3)IoTデータサイエンティスト
(4)IoTセキュリティエンジニア
(5)IoTプロジェクトマネジャー
(6)IoTネットワークスペシャリスト
(7)IoTアプリケーションエンジニア
(8)IoTエッジ/組み込みエンジニア
(9)IoTサービス運用マネジャー

 スキルレベルはITSSの7段階と異なり、4段階で定義している。レベル1(1.0~1.9:最低限必要な基礎知識を持つ)とレベル2(2.0~2.9:最低限必要な基礎知識を持ち、指導の下で要求された作業を担当できる)がエントリーレベル、レベル3(3.0~3.9:要求された作業を全て独力で遂行し、応用的知識・技能を必要とする業務を担当できる)がミドルレベル、レベル4(4.0~4.9:プロフェッショナルとしてスキルの専門分野を確立し、自らのスキルを活用して独力で業務上の課題の発見と解決をリードする)がハイレベルの人材を表す。このほか、1.0未満を「未経験レベル」としている。

 これまでiSRFが実施していたITエンジニア調査は回答者に職種(「ITアーキテクト」など)を尋ね、職種ごとに異なる質問への回答を基にスキルレベルを判定していた。今回の調査は共通の質問を回答者に答えてもらい、各回答者の(1)~(9)のスキルレベルを判定する形を取った。現時点で「自分はIoTアーキテクトだ」などと自覚しているエンジニアはいないからだ。

表 IoTエンジニアの人材像と平均スキルレベル(n=1946)
9種類の人材像を定義(写真:Getty Images、iStock)
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戦略を担う人は高いIoTスキル

 調査に回答した1946人のITエンジニアを対象にIoTスキルレベルを調べたところ、全体平均は0.9だった(本文末尾の調査概要を参照)。役割別に見ると最も高いのは「IoTアプリケーションエンジニア」で1.5、最も低いのは「IoTネットワークスペシャリスト」で0.6だった。

 つまりITエンジニア全体で見ると、IoTのスキルは「初心者レベル」ということになる。IoT市場は今立ち上がりつつある段階であり、熟練したエンジニアが不在であるという現状が浮かび上がる。

 ただ、全てのITエンジニアがIoTの初心者というわけではない。現在の担当業務別に見ると「IT戦略、システム企画(以下、IT戦略)」のIoTスキルレベルが2.0で最も高く、「事業計画・戦略、ビジネスプランニング(以下、事業計画・戦略)」が1.9で続く。

 これら2つの業務では「IoTビジネスストラテジスト」と「IoTプロジェクトマネジャー」のスキルレベルが特に高く、2.3~2.4となった。それ以外についても、他の業務を担う人に比べてスキルレベルが高い。IT戦略と事業計画・戦略を担当するITエンジニアが、現時点でIoTに関わるスキルを最も備えていると言えそうだ。

表 役割別に見たIoTエンジニアとしてのスキルレベル(最高は4.9)と年齢・年収
最も高いスキルレベルは2.4
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 回答者全体の平均年齢は38歳で、現在担当している業務は「システム構築」が全体の66.4%と最も多い。業種別にみると「ITサービス業」が83.9%と大半を占める。調査では業種を問わず参加者を募集したにもかかわらず、IT業界の回答者が多かったのは、現在のIoTの取り組みを牽引しているのがIT事業者であるという実態を表しているとみなせる。

 回答者の平均年収は495万円で、400万円未満が42.5%、600万円未満まで含めると約8割になる。ただ、IT戦略と事業計画・戦略を担う人を見ると、それぞれ743万円、739万円で他の業務よりも高い。回答者の平均年齢が共に45歳前後と高いことも影響しているだろうが、それだけが要因ではなさそうだ。「セキュリティ」は平均年齢42.5歳と近いが、平均年収は150万円以上の開きがある。

表 年齢別に見たIoTスキルレベル
ほとんどの年代で「IoTアプリケーションエンジニア」が最も高い
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従来システムとの技術の差が影響

 IoTエンジニアの役割別に見ると、現在の担当業務にかかわらず「IoTアプリケーションエンジニア」と「IoTプロジェクトマネジャー」のスキルレベルが他の役割よりも総じて高い。アプリケーションの開発やプロジェクトマネジメントのスキルは、従来システムのスキルとの共通点が多いからだと考えられる。

 その逆が言えそうなのが「IoTエッジ/組み込みエンジニア」と「IoTネットワークスペシャリスト」だ。どちらも現在の担当業務にかかわらずスキルレベルが低い。

 IoTシステム自体の本質はクライアント/サーバー型システムだと言える。従来システムは通常、クライアント側にPCを使うが、IoTシステムの場合は専用デバイスを新たに開発するケースが少なくない。デバイスを開発するにはIoTエッジ/組み込みエンジニアのスキルが必要になるが、従来システムの開発を担当するエンジニアは通常、そのスキルを持っていないだろう。

 同様に、IoTでは無線通信を積極的に採用する傾向が強く、主に有線ネットワークを利用する従来システムとは違う知見や技術力が必要になる。送受信するデータの容量や頻度も従来システムとは違ったものになることがある。このように従来の企業システムとは異なる分野では、スキルレベルが低くなる傾向が見られる。

スキルレベルが3.5のケースも

 IoTスキルレベルは年齢に比例しており、24歳以下は0.1なのに対し、55歳以上は1.8となった。ほとんどの層でスキルレベルが最も高い役割はIoTアプリケーションエンジニアである。IoTビジネスストラテジストとIoTプロジェクトマネジャーは年齢が上がるにつれてスキルレベルが上がっていき、55歳以上で順に2.2、2.3となる。

 IoTネットワークスペシャリストとIoTエッジ/組み込みエンジニアは年齢が上がってもスキルレベルの伸びは鈍い。55歳以上で共に1.2にとどまる。

 年齢と現在の担当業務別に見ると、スキルレベルが3.0を上回るケースも出てくる。今回の調査でスキルレベルが最も高かったのは55歳以上でIT戦略を担う人の「IoTビジネスストラテジスト」で3.5だった。同じく55歳以上でIT戦略を担う人の「IoTプロジェクトマネジャー」が3.3、50~54歳で事業計画・戦略を担う人の「IoTビジネスストラテジスト」が3.1と続く。

 IoTの活用は日本国内にとどまらず、海外との競合も考えられる。競争に打ち勝つために、レベル3.0以上のエンジニアをいかに早く育成するかが喫緊の課題となる。

「現在の仕事とIoTが関連」は3割

 調査ではIoTに関するエンジニアの意識や実態についても尋ねた。まず、現在の仕事内容とIoTが結びついているかを聞いた。全体では「はい(結びついている)」と答えたのは3割強。4割は「いいえ(結びついていない)」と答えており、現状ではIoTと関わっていない回答者の方が多い。

 現状では多くの企業が進めているIoTプロジェクトはPoC(概念検証)やフィージビリティスタディ(実行可能性調査)の色合いが濃く、本格的に実務として展開している企業はまだ少ない。現状で「いいえ」の割合が高いのは自然な結果だと言える。

 業務別に見ると「はい」が最も多かったのはデータサイエンスを担う人(56.8%)で、事業計画・戦略を担う人が続く(52.9%)。

 データサイエンスが多いのは、ビッグデータ分析・活用の一環としてIoTに取り組む企業が多いためだと考えられる。事業計画・戦略が多いのは、実行段階の手前の企画段階のIoTプロジェクトが多いからだろう。

図 現在の仕事内容とIoTが結びついていると感じているか
「はい」は3割強
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会社としては重要課題だが

 ITエンジニアはIoTを取り組むべき課題として捉えているか。この質問に「会社として」「個人として」という2つの立場でそれぞれ回答してもらった。結果には顕著な差が見られた。

 「会社として取り組むべきか」については、全体の63.4%が「はい(取り組むべき)」と答えた。現在の担当業務別に見ると、「その他」を除く5つの業務で「はい」は7割超で、データサイエンスを担う人では81.1%に達している。

図 IoTについて「会社として」取り組む課題だと考えているか
「はい」が6割超
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 「個人として取り組むべきか」についてはどうか。「はい」と答えたのは全体の40.0%で、「会社として」に比べて23.4ポイント低い。業務別に見てもデータサイエンスを担う人は45.9%、事業計画・戦略を担う人は56.3%と、多くが「会社として」よりも20ポイント以上低い。

図 IoTについて「個人として」取り組むべき課題だと考えているか
「はい」は4割
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 IoTの活用に先行している製造業でもこの傾向が顕著だ。「会社として」では81.5%が「はい」と回答したが、「個人として」では43.5%にとどまる。

 「個人として」では「どちらとも言えない」が目立つ。全体では「どちらとも言えない」と答えたのは39.4%で、「はい」とほぼ同じ割合だ。製造業でも「会社として」では「どちらとも言えない」が8.3%だったのに対し、「個人として」では36.1%となっている。

 この結果から「会社の上層部はIoTを積極的に推進したいと考えているが、現場はまだそこまで積極的ではない」という現状が見えてくる。「個人として」で「どちらとも言えない」との煮え切らない回答が多いことからも、現場のエンジニアはIoTを「やらされ仕事」と受け取っている可能性がある。製造業はその傾向が顕著だと言える。

 確かにIoTに本格的に取り組もうとすると、現場にとってやっかいな作業が増える。センサーを通じてデータを収集・活用する仕組みを実現するには、必要なハードやソフトをどう調達するか、アプリケーションをどう開発するか、セキュリティをいかに確保するかなどを考慮する必要がある。

 これらの知見や技術は十分でないことが多く、何らかの形で補完する手立てを講じる必要がある。そこまで労力をかけてIoT導入にこぎ着けても、そもそも投資対効果が見えづらいという事情もある。

 このため、会社としてIoTに取り組む必要があると頭では理解しつつ、個人としては「面倒なこと」と捉えているのではないかと考えられる。

 実際のところ、IoTに関連する案件にどれだけ関わっているのか。全体では「関わったことがある」と「現在関わっている」を合わせても17.6%で2割に満たない。これだけを見ると少ないように思えるが、IoTという言葉と技術は登場してからまだ数年の割には多いという見方もできるだろう。

 「近い将来、関わる可能性がある」を含めると、77.0%に達する。ITエンジニアの大多数が、近い将来IoTに関わる可能性が高いと言える。

図 IoTに関連する案件への関わり
「近い将来関わる」が6割
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 現在の担当業務別に見ると、事業計画・戦略を担う人は「関わったことがある」と「現在関わっている」を合わせて42.0%と4割を超えている。現在のIoT構築を支えているのはビジネス面から実装まで全てを実行できるスキルを持つ人材であることが、ここからもうかがえる。

 現時点で「関わったことがある」と「現在関わっている」の割合が最も少ないのはシステム構築を担う人で、14.9%にとどまる。エンタープライズ向けのシステム開発とIoT関連のシステム開発は、現状では隔たりがあるとみられる。

最も足りないのは通信の知識

 ITエンジニアはIoTに関して、どのような領域の知識が不足していると感じているのだろうか。全体で最も多かったのは「ネットワーク関連」で3割近くが挙げている。業務別に見てもシステム構築、製品/サービスの運用・保守など4業務でトップになっている。

図 不足していると感じている領域や知識
「ネットワーク関連」が3割
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 この結果は、IoTネットワークスペシャリストの平均スキルレベルが低かった裏付けと言える。IoTで主流となる無線通信のノウハウがただでさえ不足しているのに、低消費電力の新たな無線通信技術であるLPWAをはじめ、関連技術は日進月歩で進歩している。進歩に追いつけないのではないか、という不安もあり、多くのエンジニアが知識不足を感じていると思われる。

 「クラウド/アプリケーション関連」と「デバイス関連」を挙げる回答者も目立つ。品質・保証とセキュリティを担う人は「クラウド/アプリケーション関連」が、事業計画・戦略とIT戦略を担う人は「デバイス関連」を挙げた回答が最も多かった。

 デバイスがIoTで大きな鍵を握るのは明らかだ。クラウドもIoTプラットフォームとして重要な役割を果たしている表れと言える。

 興味深いのは、データサイエンスを担う人が最も不足している知識として挙げたのが「データ利活用」だったことだ。データを集め、分析する技術は確立している一方、データをビジネスにどう生かすのかといったビジネス寄りの課題がまだ残っているためだと推測される。

身に付けたい技術は「クラウド」「AI」

 エンジニアに学習方法を複数回答で尋ねると、ホームページが61.6%、書籍が60.7%と多数を占めた。対象がIoTになっても、現状の勉強方法は「古典的」ということだ。

 特にネットワークやクラウド関連技術のような動きの激しい分野の情報を得るには、勉強会などコミュニティへの参加が効果的だ。自分の技術をより磨くために、欧米のエンジニアはよくハッカソンを利用する。

 今回の調査では「ユーザー/勉強会などの有志によるコミュニティ」は12.6%、「ハッカソン、コンペティション」は1.4%にとどまった。国際的に通用する技術力を身に付けるために、これらの勉強方法を活用するエンジニアがより増えていくことが望まれる。

図 技術スキルや知識など習得するための勉強方法
Webか書籍・雑誌が多い
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 最後に今後身に付けたい技術分野/テクノロジーを複数回答で尋ねたところ、「IoT」(41.1%)のほか、「クラウド/仮想化」(42.9%)と「AI(人工知能/機械学習)」(41.8%)が上位となった。

 特に目立つのはAIだ。データサイエンスを担う人の8割超(83.8%)が挙げたほか、事業計画・戦略、IT戦略など上流工程で1位となった。

 AIとIoTの組み合わせは、IoTの応用形態として有望視されている。この形態を目指したIoTプロジェクトが今後増加すると予想される。

図 今後身に付けたい技術分野/テクノロジー
AIとクラウドが多い
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「OT」側の意識向上が課題

 IoTに焦点を当てたエンジニア調査の結果を紹介した。これまで実施してきたのは、ITSSをはじめとするスキル標準が策定された成熟した業界に対する調査だった。今回実施したIoTの調査は国内だけでなく、世界的に見ても先進的な試みであると自負している。前例のない調査だったにもかかわらず2000人近くに協力してもらえたのは、IoTに対するエンジニアの関心が高い証しと言えるだろう。

 やや残念だったのは、IT企業のエンジニアの回答者が多い半面、組み込み、ネットワーク、OT(オペレーションテクノロジー)、ものづくりといった分野のエンジニアの回答があまり得られなかったことだ。

 IoTではITとOTとの連携が重要だとよく言われる。今回の調査結果から、組み込みやOTのエンジニアがまだIoTを自分の問題として認識していない可能性がうかがえる。iSRFとして、今後も広くIoTエンジニアの実態を捉え、日本に競争力をもたらすIoT活用のを支援できればと考えている。

【調査概要】IoTに関する業務に携わるエンジニア、マネジャーなどを対象に、Webで「全国スキル調査2017」を実施した。IT業界をはじめ、製造業や建設業などから幅広く参加者を募った。調査期間は2017年6月19日から8月20日まで。有効回答数は1946人である。
松下 享平(まつした・こうへい)氏
ITスキル研究フォーラム「IoT人材ワーキンググループ」主査、ソラコム テクノロジ・エバンジェリスト 事業開発マネージャー。業界の先駆的なIoT導入事例に関わる。現在は主にデバイスの企画を担当しつつ、エバンジェリストとして企業・開発者がIoTサービスを活用するための講演活動を担当。2017年3月より現職。
出典:日経コンピュータ 2017年12月7日号 pp.39-46
記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。