クラウドやIoTをはじめとするデジタル技術を企業変革にどう生かすか。日本企業にとって「デジタル変革」は喫緊の課題だ。印アジアンペインツ、独アルディ、仏BNPパリバの事例からポイントを探る。

 デジタル技術を活用した計画的・創発的な変革である「デジタル変革(デジタルトランスフォーメーション)」に挑む企業が相次ぎ登場している。この連載では国内外の一流企業の事例を基に、デジタル変革を進めるうえでの要諦を探る。

 今回は海外3社の事例を通じて、デジタル変革の実際を見ていく。

◎今回取り上げる企業
印アジアンペインツ(Asian Paints)
独アルディ(ALDI)
仏BNPパリバ(BNP Paribas)

最注目のデジタル化はIoT

 デジタル化やデジタル技術という言葉が昨今話題になっている。事例を見る前に、これらが何を意味するのか、企業にとってなぜ今重要なキーワードとして浮上しているのかを改めて整理しておきたい。

 デジタル化とは「進歩したIT(デジタル技術)」でモノや人の振る舞いに関するデータを収集し、そのデータを解釈して何らかの意味を探知し、その結果に基づいて適切に対処する、という一連の作業を指す。

 ここでいう進歩したITとはスマートフォンをはじめとするモバイル、ソーシャルメディア、クラウドコンピューティングなどを指す。

 現時点で最も注目されているデジタル化は、センサーを使ってモノの動きに関するデータを収集して何らかの変化を予見し、適切にコントロールするIoT(インターネット・オブ・シングズ、モノのインターネット)だろう。設備や装置の稼働データを収集・活用して予防保守の質や稼働効率を引き上げる。さらにコスト削減や顧客サービスの向上にもつなげる。自動運転車を実現するうえでも重要な役割を果たす。

 このアプローチは人に対しても適用できる。人の振る舞いや考えに関するデータを収集してそれぞれの人の思考の変化を探知し、適切な情報やサービスを提供することで1人ひとりに見合う価値を創出する取り組みだ。筆者はIoH(Internet of Human、ヒトのインターネット)と呼んでいる。

「価値」の創り方を多様に

 製品やサービスという形で、顧客にとってうれしいことや便利なこと、楽しいこと、安心することなどの「価値」を提供する。これが企業の役割である。企業向けのB2B企業であれば顧客は企業であり、個人向けのB2C企業では顧客は個々の消費者や利用者となる。

 企業にとってデジタル化の最も重要な点は、顧客に提供する価値のつくり方を多様にすることだ。

 企業が個別に価値をつくるだけでなく、様々な企業と手を組んで価値をつくり出す、顧客と共に価値をつくる(共創する)、さらに顧客自身が自分ならではの価値を創造する場を提供する、といったことを可能にする。

 スマホのグルメアプリは価値のつくり方を多様にした一例である。ユーザーが入力したキーワードだけでなく、現在の位置、場合によっては過去の履歴といった様々なデータを利用して、近隣にある多数のレストランの中から好みに合う店をリストアップできる。他の利用者のコメントを参考に店を事前評価したり、店での体験を評価して他の利用者に発信したりすることも可能である。

 いま企業に必要なのは、こうしたデジタル化の利点を生かして顧客に向けた新たな価値を創造し続けるために、自社のビジネスや組織を変革することだ。これがデジタル変革、すなわちデジタルトランスフォーメーションである。

 先進企業は長期にわたり、ITひいてはデジタル技術を生かして変革を繰り返している。アジアンペインツ、アルディ(ALDI)、BNPパリバという海外3社の事例を紹介しよう。

アジアンペインツ:
デジタルサプライチェーンを整備

 インド最大の塗料製造企業であるアジアンペインツ(Asian Paints)は、消費者向けにペイントソリューションを提供する企業への転換を図ってきた。これまでの塗料製造業としての成長に陰りが見え始め、状況を打破する必要があったためである。

 まず展開したのは「Colour World」サービスだ。1000色の塗料を小売店で消費者が直接選んで購入できる。このサービスを1999年から約10年をかけて広げていった。

 加えて2000年からの約4年で、ERP(統合基幹業務システム)、SCM(サプライチェーン管理)、CRM(顧客関係管理)のパッケージソフトを全社で導入。消費者向けのきめ細かい製品供給プロセスを支える業務基盤を一気に整備した。

 その後同社はペイント製品の高機能化を進めるとともに、顧客に対するカラーコンサルティングやホームソリューション(個人の住まいに応じたカラーペイントの提案と提供)といったサービスを拡充した。

 それに合わせて、生産自動化を支えるBI(ビジネスインテリジェンス)、集中型受注センターシステム、モバイルSFA(営業支援システム)などによって、川上から川下までエンド・ツー・エンドで製品を供給するプロセスをデジタル化した。

 アジアンペインツは一連の作業を通じて、同社社員とサプライヤー、顧客が協働するデジタルサプライチェーンの仕組み(プラットフォーム)を実現していったと言える。同社のマーケットシェアは2005年時点で43%だったが、この仕組みを活用することで、2013年に53%へと高まった。

 同社のデジタル変革は特定のITベンダーの製品を徹底的に活用している点が特徴である。同社が選んだのは欧州SAPだ。SAP製ERPに始まり、CRM、Business Warehouse(BIソフト)、HANA(データベース)、Afaria(モバイルSFA)などを次々に導入し、サプライチェーンと顧客サービスを高度にしていった。

図 アジアンペインツの施策
デジタルサプライチェーンを整備
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アルディ:
IoHで「お値段以上」を訴求

 アルディ(ALDI)はドイツ発のグローバルな小売業である。英国に2000年に初出店して以来、現地市場シェアトップのテスコ(Tesco)やアズダ(ASDA、米ウォルマートの子会社)など並み居る強豪が低成長にあえぐなか、独自のビジネスモデルを武器に急成長を続けている。

 同社のモットーは「最高の品質を最良の価格で」。品種を1300程度に絞り、有名ブランドと同じ品質でより低価格の自社ブランド製品を提供している。品質を保証するため、有名ブランド品と自社商品との目隠しテストを発売前と発売後に徹底して実施する。自社商品の調達先企業を吟味し、品質管理に関しては第三者による調達先への監査を徹底している。

 こうした「お値段以上」(バリュー・フォー・マネー)を徹底追求する同社のビジネスモデルは、必ずしもIT活用を前面に出しているわけではない。一方で、「お値段以上」の価値を顧客に訴求するためのデジタル化を駆使したプロモーションすなわちIoHを積極的に活用している。これが同社の特徴である。

 マスプロモーションでは、テレビ広告で「ブランドと同じ品質、でも安い」「他店よりもこんなにお得」を広くアピールしている。これと企業Webサイトでのキャンペーンや商品紹介、顧客の意見収集、顧客向けWebサイトでの顧客自身による商品推奨などを巧みに組み合わせている。

 個別顧客向けのプロモーションでは、多様なメディアを通じて顧客の意見や反応を取り込み、顧客と共に「お値段以上」の価値を生み出している。例えば特定の顧客に向けたメールによる商品の推奨や、ソーシャルメディアによる顧客同士の意見交換や友達同士の「I love ALDIカード」の発信などを展開している。

 顧客とのやり取りから得た情報は即座に商品の改良や開発に反映し、常に有名ブランド以上の品質という評判を維持し続けている。

図 アルディの施策
「お値段以上」を訴求
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BNPパリバ:
欧州初のモバイルファースト銀行

 BNPパリバ(BNP Paribas)はフランスを中心に欧州に広く展開している金融サービス企業である。同社は個々の顧客の状況に応じて金融サービスを最適な手段で提供するために、ITを活用した変革を繰り返してきた。

 まず顧客にサービスを提供する支店の窓口やコールセンター、ネットバンキングでの顧客対応を、CTI(コンピュータ・テレフォニー・インテグレーション)技術を使って統合した。MDM(マスターデータ管理)システムも導入して、顧客サービスの基盤を整備。個々の顧客に応じた商品の組み合わせや取引条件の提案を可能にした。

 続いて、未来のバンキングを体験できる来店型実験店舗を開設したほか、オンラインバンキング支店を立ち上げた。さらに携帯電話による非接触式のペイメントシステムを通信会社と協力して展開し、サービスチャネルを多様にした。

 ソーシャルメディア上の個人同士のやり取りをモニターして分析するソーシャル・インテリジェンス・システムも導入し、同社への評判をチェックしたりキャンペーンの効果を確認したりしている。

 BNPパリバは一連の顧客経験価値を高める取り組みを通じて蓄積したノウハウを盛り込んで、2013年に欧州初の「モバイルファースト」銀行であるHello Bank!を始めた。このサービスを受ける顧客は支店に口座を持たず、携帯電話やスマートフォンからあらゆる金融サービスを利用できる。必要に応じてビデオコールやチャット、電話などで同社のサービス担当者とやり取りすることも可能だ。

 同社はHello Bank!を通じて、1日の大半をスマートフォンなどとともに過ごす若い世代の顧客を囲い込み、将来の中核顧客としていくことを目的に欧州全域で展開している。それが新たな顧客の拡大につながっている。

図 BNPパリバの施策
デジタルサービスを展開
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 3つの事例には共通点がある。いずれも、ITを活用した変革を通じて顧客に提供するサービスの価値を高度にしていることだ。次回はこの「顧客経験価値」について述べるとともに、価値を上げるためにITを活用して変革をどう進めるかを説明する。

淀川 高喜 氏
日本ITガバナンス協会 理事
淀川 高喜(よどかわ・こうき)氏。日本ITガバナンス協会 理事、産業技術大学院大学 非常勤講師(教授待遇)、MBA、博士(商学)。1979年野村総合研究所に入社、2008年より研究理事を務め2017年6月に退任。専門であるITによる企業変革に関する著書多数。最新刊は『進化したITが実現する企業変革の新法則』(日経BP社、2016年)。
出典:日経コンピュータ 2017年11月9日号 pp.94-97
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