ミスが起きると、担当者を問い詰める管理者がいる。しかしそれでは、何の解決にもならない。管理者自身がまず、担当者のミスに事前に「気づける」工夫をすべきだ。

 どこで「なぜ?」の繰り返しを打ち止めにしたらよいのか──。なぜなぜ分析の指導を続けていると、こう質問されることが多い。どこでやめるかは「なぜ?」を繰り返す目的によって変わってくるので、一概には言えない。

 例えば、「担当者は書類を作ることを忘れていた」という「なぜ?」の答えまで出たとする。では「なぜ忘れたのか?」と当事者に尋ねてもそこで答えに詰まって、それ以上は何も出てこないことはよくある。

図 理由を聞かれても答えられない例
「なぜ?」を繰り返していくと、答えに詰まるときがある
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 もし管理者(リーダー)に、ミスした担当者を精神的に追い詰めたいという悪意があるのなら(それが目的なら)、「なぜ忘れたんだ!」と大声で怒鳴りながら、相手を問い詰めていくこともできなくはないだろう。だが言うまでもなく、こうした言動は職場ではあるまじき行為であり、リーダーとして失格だ。

 とはいえ、管理者に担当者を追い詰める意識はないとしても、「やるべき仕事を忘れた」ことに対しては、リーダーとして担当者に理由を尋ねる場面は必ずある。そのとき本人の口からは、言い訳じみた答えしか返ってこないことは容易に想像できる。

 それでも無理やりなぜなぜ分析をしようとすると、「担当者の意識が足りなかった」「モチベーションが低かった」といった「なぜ?」の答えが並ぶことになる。

 すると再発防止策は「モチベーションを向上させる教育を受けさせる」といった、どうにも即効性が感じられない内容が導き出されてしまいがちだ。

図 即効性がない再発防止策が出てくる例
無理やり「なぜ?」を繰り返しても的外れな改善策しか出てこない
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管理者が仕事のやり方を変える

 先ほど「なぜ?」をどこで打ち止めにするかは、目的によって変わってくると述べた。ではなぜなぜ分析をする一番大きな目的は何か。それは同じミスを繰り返さないために、仕事のやり方を変えることだ。

 無理やり「なぜ?」を繰り返しても全く意味がなく、「なぜ忘れたのか」の答えに詰まったところで「なぜ?」は打ち止めにする。そして、忘れないための再発防止策を考えればよいだけのことである。

 スポーツ選手は負けた試合を徹底的に振り返り、変えるべきポイントを探し、そこを強化して次の試合に臨む。それと同じことだ。失敗の後に改善が必要なのは、スポーツ選手に限った話ではない。

 我々の身の回りにある様々な業務のなかには、至るところに不完全な部分、あるいは脆弱な部分が存在する。それを今までは、業務に関わる人たちの負担や努力、根性で、何とかカバーしてきたというのが実情である場合が非常に多い。

 つまり、これまではたまたまミスに至らなかっただけのこと。いつミスが起きてもおかしくない状態が長く続いていたのである。

 しかし、時間の経過とともに様々な状況が変化し、あるとき業務の不完全な部分がむき出しになるときがやって来る。そこで地雷を踏んでしまうと、それがミスとなって表れる。

 私たちが真剣に取り組まなければならないのは、組織や業務、作業のなかに潜む不完全な部分の探求だ。人が作ったり決めたりした業務や作業に完全なものなど存在しない。

 ところが「昔からこうしてきたから」という理由や慣習だけで、ミスの原因になりそうなものを放置しておくと、いつか必ずしっぺ返しを食らう。最悪の場合、取り返しのつかない大事故につながりかねない。

 もう一度言うが、なぜなぜ分析の目的は(ミスをしないように)仕事のやり方を変えることだ。そう考えれば、「なぜ?」を繰り返す回数などにこだわる必要はない。現場の担当者も管理者も、自分が置かれた立場に応じて再発防止策を考え、仕事のやり方を変えればよいのだ。

 要は、仕事のやり方を変える目安が見つかったところで「なぜ?」を打ち止めにすればよい。そして次から同じ失敗をしないための再発防止策を考える。そのなかからどれを実施するかを検討し、実行に移す。これが仕事のやり方を変えるということだ。

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