2018年1月下旬から2月上旬までの2週間、国内大企業の新規事業立案者や個人起業家20人が、シリコンバレーを訪問した。現地の投資家や起業家などとの交流や研修を通じて、それぞれが推進している事業や事業アイデアをブラッシュアップするプログラムだ。

 この20人は、経済産業省が主催する人材育成プログラム「始動」の選抜者で、2017年後半の国内研修を経て立案した事業プランが優れた人たちが選ばれたものだ。始動プログラムは2015年に始まったので、今回が3回目の開催となる。

「始動」第3期の参加者
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 経済産業省の発表資料から分かるのは、メンバー名と所属団体、そして事業プランのタイトルだけだが、参加者がどのような問題意識を持っているか、あるいはどんな事業のシーズを持っているのかおぼろげながらに見えてくる。タイトルを一通り見ると、「がんの再発予防薬」「治療方法を根本から変える超小型投薬デバイス」「“救急車を断らない医師”採用サービス」など、医療・健康分野における大きな課題に取り組んでいる人が多いことが分かる。「非効率な資料作成を減らす資料のレビューツール」「自動調理ロボット」は、人手不足や働き方改革が叫ばれる昨今、注目度が高そうだ。「コンビニATMを使った投票」は、大企業の既存インフラを活用したもので、制度変更を促そうというものだろう。

 私もこの始動の初年度プログラムに参加した。残念ながらシリコンバレーへの派遣にはつながらなかったが、著名人の講演を聞くだけでなく、自ら手を動かすワークショップ、数人のチームによるグループワークなどは普段の業務プロセスとは違う貴重な体験だった。このときに机を並べた「同窓生」とも、同志として今でもお付き合いさせていただいている。

 2017年12月に開催された第3回の派遣メンバーの発表会にも、著名ゲストが登場した。その1人が、早稲田大学 大学院経営管理研究科准教授の入山章栄氏だ。始動プログラムの運営事業者であるWiL代表の伊佐山元氏とは、高校時代の同級生でもあるという。

早稲田大学の入山章栄准教授
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 入山氏の講演では、同氏が講演や記事などで取り上げている「知の探索」「ダイバーシティ」「緩いつながり」「H型人材」などを次々と語ったが、特に印象的だったのが、「日本に最も足りないもの」として紹介した「腹落ち」のくだりだ。

 「腹落ち」は、ミシガン大学のカール・ワイク教授が提唱した理論「センスメイキング」を日本語にあてたもの。ワイク氏はこの理論を説明する際に、ハンガリー軍の偵察部隊の逸話を引用している。この逸話をごく簡単に説明すると、同偵察部隊がアルプス山脈で吹雪のために遭難したとき、ある隊員が地図を持っていたことが分かり、「これで下山できる」と部隊の全員が納得、無事に下山できたというもの。下山後に分かったのだが、実はその地図がピレネー山脈の地図だったにもかかわらず、である。この逸話から入山氏は「変化が激しく、不確実性が高いときに必要なのは、正確性ではなく納得性、つまり腹落ちだ」という。そして、現在グローバル企業のほとんどが、事業開発の上流過程において、この「腹落ち」の作業に多くの時間を割いているというのだ。(この理論および逸話の詳細な解説については、入山氏が連載している「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」誌の連載中、最も反響が大きかったもの(2016年10月号に掲載)なので、そちらをご参照いただきたい)。

 過去の取材を振り返ると、プレイステーションやiモード、iPhoneなど大きなヒット商品には、いずれも納得できるストーリーや、それを雄弁に語り周囲を巻き込む推進者がいた。パートナーなどとして関わった人たちにも接する機会が多かったが、誰もが「腹落ち」して参加していた。始動プログラムにおける私自身の事業案について言えば、私自身が腹落ちできるところまで達することができず、当然のことながら周囲を巻き込むには至らなかったというわけだ。

 12月の発表会には、もう1人、ANAホールディングス代表取締役社長の片野坂真哉氏がゲストとして登壇した。同氏の講演内容は、過去の失敗体験を紹介するというもの。

ANAホールディングスの片野坂真哉 代表取締役社長
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 例えば、「1万円で1日乗り放題」という企画については、フライトの遅延によって接続便に搭乗できないケースが頻発したこと、「座席前部のタッチパネルを使った機内食オーダー」では利用頻度に機内のオーダー・システムが追いつかず、食事の提供に時間がかかりすぎてしまったことが紹介された。大企業のトップが、自身の過去の失敗談を披露するという、新規事業担当者や起業家には勇気づけられる内容だった。

 選抜メンバーらによる成果報告会は2月中旬に予定されている。シリコンバレーでの研修を通じて、事業プランがどのように進化したのか聞けるのが楽しみである。