規制改革推進会議の二次答申(2017年11月)をきっかけにして、規制改革推進会議のWGおよび総務省の有識者会議において、放送の規制をめぐる議論が盛んに行われている。二次答申においては、「放送事業の未来像を見据えた放送用帯域の周波数有効活用」がテーマとなっており、通信・放送の融合を見据えた議論が行われている。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の中村伊知哉氏は、郵政省在籍時から今日まで、一貫して通信・放送融合による新しい産業、文化、社会をデザインする取り組みを続け、政策提言も行ってきた。2018年2月には規制改革推進会議のWGで意見を述べるとともに、総務省の「放送サービスの未来像を見据えた周波数有効活用に関する検討分科会」の構成員も務める。中村氏に、いまの状況がどう見えるのか聞いた。

(聞き手は本誌編集長=田中 正晴)

規制改革推進会議の2次答申を受けて、総務省および規制改革推進会議において放送の規制をめぐる議論が盛んに行われている。

中村 伊知哉 氏
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授

中村 規制改革推進会議でこの問題を担当するWGでも述べたが、通信・放送の融合を見据えた制度改革に関する議論は、もう済んでいる。  2006年の総務省「通信・放送の在り方に関する懇談会」いわゆる竹中懇談会において抜本的な見直しの議論が行われた。当時、通信と放送関連の法律は約10本あったが、私は、コンテンツ、サービス、ネットワークとレイヤー別に再編し、併せて電波の規制緩和を行うことを提案した。法律が4本に整理されて2011年に施行、ハード・ソフト分離や両用免許など世界に先駆けて法律の枠組みは整理された。  新制度に基づくと、通信・放送の融合時代に向けて新しいチャレンジをするのに、放送に関する制度が足かせになることはないはずだ。しかし、これを使う新しいビジネスモデルができていない。つまり、放送の抱える課題は、規制の改革ではなく、経営の問題だと私は考えている。

今の放送業界の現状をどう見ている。

中村 12年前の議論と今と大きく違うのは、スマホファーストになったことと、米国の大手OTTがどんどん日本に来ていること。それを踏まえてどうしますかというのが、いまもっとも大事なテーマだろう。現状、放送業界は、こうした新しいイノベーションの動きに対応できているようには見えない。  海外を見ると、英国ではBBCと民放が共通プラットフォームを用意した。米国では、オールIP化やオールクラウド化が進んでいる。例えばAmazonがクラウド上にプラットフォームを構築し、マルチネットワーク、マルチデバイスへの配信システムを構築、放送局が利用を開始している。  さらに、米国ではFCC(連邦通信委員会)がネット中立性の廃止を決めたことなどもあり、AT&Tといった通信事業者が存在感を増し、新しい動きがでてくるかもしれない。といった中で、日本の放送業界はこれからどう動くのかが問われている。

放送業界にとって課題は。

中村 投資体力の面から見て、通信と放送では大きな差がある。例えば昨年度のNTTの営業利益が1.5兆円あった。これに対して東京キー局の時価総額の合計が1.8兆円。NTTの1年の利益で、ほぼ全局を買収できてしまう。これだけ投資体力差がある中で、放送各社が個社だけで成長戦略を描くのは難しい。効率化、集約あるいは外部資金の獲得などの経営力が必要になる。どのようなところと連携して、新しいチャレンジを行うかが課題になるだろう。

とはいえ、規制改革推進会議としては何らかの規制改革を打ち出そうとするのでは。

中村 通信・放送を融合したサービスは、法律上はできるようになった。しかし、実態がでてこないので、省令など動いていないのが現状だ。ビジネス需要の欠如が課題で、制度改革でできることはそう多くはない。  規制改革推進会議では、いま言えるとすれば二つだけあると回答した。一つは著作権。現状、通信と放送で扱いが異なり、通信で配信する場合は別途許諾を得る必要があり、放送事業者にとって負担になっているという意見がある。ここを何らかの形で緩和するということがあり得る。ただし、関係者の合意のもと進めるべきであり、本質的にはビジネスモデルの問題だ。時間はかかるだろう。  もう一つ挙げれば、NTTに対する出資規制の緩和である。NetflixやAmazonなど米国の巨大なOTT企業がコンテンツに大金を投じて日本市場に入ってきている。こうした企業にコンテンツを吸い上げられてしまうのではないかという懸念もある。日本のプレーヤーでこうした動きに対抗して何かすると考えたとき、資金力で対抗できるのは通信会社しかない。こうした中でNTTを縛り続けていいのかどうかは、そろそろ考えてもいいのではないかという趣旨で述べた。

マス排や番組規律などに関連した規制の緩和はあり得ないのか。

中村 その可能性はある。しかし、放送側に、こういうことをしたいからという攻めの経営にともなうニーズがないと、誰も乗ってこない。意味のある制度改革になるのか疑問である。

ネットとの向き合いで、中村さんが注目している動きは。

中村 方向性として、自分の知っていることから挙げると三つある。一つはradikoで行った取り組みのテレビ版への期待である。放送局の共同プラットフォームを形成し、コストミニマムで同時配信に取り組む。そのうえでAI技術も取り入れながら、視聴履歴データのビッグデータ活用など進め、コンテンツの最大価値化を進めるという方向性だ。  既に始まっている具体例として注目したい動きとしては、吉本興業がNTTぷららと組んでスタートさせた「大阪チャンネル」がある。テレビのプラットフォームをプロダクション会社と通信会社が作るモデルで、舞台などに加えて、大阪を中心に関西の地上波民放各局が乗りその番組などを配信する形でスタートした。関西のラジオ局が組む形で実験がスタートしたradikoと似た部分もあり、注目している。  さらに、慶応大学が中心になって進めているIPv6マルチキャストによる配信実証を行っているFLATCASTがある。  こうした動きをうまく使って、放送が乗れるようなプラットフォームとか、IP展開の本格化など考えてもいいのではないかと考えている。

IPの世界を見ると、CDNが整備されていて、配信コストがどんどん安価になっている。

中村 米国の有力放送局の中には、CDNと電波のコストをしっかりと比較して、次の戦略を練っている事業者もいるようだ。コスト比較に基づき、どこかの設備更新のタイミングで、全面的に舵を切ってくる可能性もある。大きくコトが動き出す可能性があることは、常に念頭に置いておくべきだろう。最低限でも、電波とCDNのコスト比較のイメージは持っておくべきだ。

日本の状況におかまいなく、世界は動き、日本にやってくる。

中村 いま必要なのは、規制緩和以上に、放送業界のマインドセットやアントレプレナーシップだと思う。どういったところと大胆なフォーメーションを組むのか、再編していくのかといったことを考えて、実行していかないと、海外勢に席けんされていくかもしれない。  これは制度の問題ではなく、行政が企業の行動や経営判断に口を出す問題でもない。だとすれば、行政ができることといえば、12年前に竹中懇談会で取り組んだように、2020年に向けてメディアのビジョンを改めてデザインし、示すことではないかと考える。  以前と比べて、放送業界の取り組みは、各社各様になってきており、それぞれが挑戦を始めていると思うし、普通の産業っぽくなってきた。ただ、一桁、二桁違うアントレプレナーシップを持った経営がでてこないと、来ている波はもっと大きいのかもしれない。

出典:日経ニューメディア 2018年3月12日号 pp.10-12
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