「人間の五感に相当するセンサーのうち、嗅覚の実現は最後の難関だ」。国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の吉川元起グループリーダーはこう話す。従来の嗅覚センサーは、判別したい匂いの種類と同数のセンサーを用意する必要があった。だが、この課題をクラウドと機械学習を使って克服する技術が登場した。

嗅覚センサーの概念
写真:国立研究開発法人物質・材料研究機構
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 具体的には「膜型表面応力センサー(MSS、Membrane-type Surface stress Sensor)」によって取得した「匂いデータ」をクラウド上で分析する。NIMSやNECらは2017年11月、嗅覚センサーの標準化を目指した「MSSフォーラム」を発足。2018年1月から実証実験を始める。

「匂い判別モデル」を共有

 MSSはNIMSの吉川グループリーダーらが独自に開発したセンサー素子だ。10×5ミリメートルほどのシリコンチップに形成され、「感応膜」と呼ぶ部位を持つ。感応膜に匂いの元となる空気中の分子が吸着すると表面応力が生じる。この応力を電気信号に変換して匂いを検知する仕組みだ。

 シリコンチップ上には異なる匂いに反応する複数の感応膜を作り込んである。チップを様々な匂いにさらすと、個々の匂いに対応する電気信号の組み合わせが生じる。この組み合わせを学習データとして機械学習させれば「匂い判別モデル」を生成できる。複数のモデルを準備すれば、未知の匂いを推論で判別できるという。

シリコンチップ上に形成されたMSS。円形の部分に感応膜がある
出所:国立研究開発法人物質・材料研究機構
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 MSSフォーラムはMSSの標準計測モジュールを策定し、実証実験に参加する企業に貸与。参加企業はクラウド上でNECの人工知能(AI)技術「異種混合学習」も利用できる。

 MSSが収集した匂いデータはエッジ端末で不要な情報を除いてから、クラウドに送信。機械学習によって判別モデルを生成する。このモデルをエッジ端末に配信して推論に利用する。将来的に同フォーラムでは、匂い判別モデルをAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を介して共有する事業モデルを構想する。

MSSの計測データを表示する画面例
出所:国立研究開発法人物質・材料研究機構
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 先行実施した西洋ナシの熟度を推定する実証実験では、事前に熟度と匂いの関係を計測したデータを準備することで、針を刺して計測する従来の破壊検査が不要になるという結果が得られた。「慎重に検討している段階」(NECの岡山義光IoT基盤開発本部技術部長)だが、将来的に麻薬探知犬を代替したり、病気の判別支援といった医療用途に活用したりする可能性もあるという。ロボットが嗅覚をもつ日は意外に近いかもしれない。