【後編】コスト競争力には自信がある,PHS産業の成長を止めない政策も必要

>>前編

料金が気になる。料金水準,あるいは料金体系について,現段階ではどのようなイメージを持っているのか。

 具体的な月額料金についてはまだ言えない。ただ,「月額5000円から1万円くらいの定額制で,数十Mビット/秒の通信が全国どこでも使える」というのがユーザー・ニーズであることは理解している。月額で1万円を超えるとなると,やはり割高感が出るだろう。マーケティングの対象が,法人でも個人でもかなり絞られてしまう。

 我々も投資を回収しなければならないので,べらぼうに安くするわけにはいかない。それでも,設備投資を年間数百億という規模に抑えられるので,比較的安い料金で提供できると考えている。ウィルコムのARPU(ユーザー1人当たりの平均利用額)は月額で約4000円だが,設備投資をしても黒字にできる。他社なら難しいだろう。コスト競争力には自信がある。

次世代PHSはデータ通信分野で使われることになると思うが,現時点では,どのような使われ方を想定しているか。

 まず,ノート・パソコンを利用したデータ通信がある。おそらく,最初に登場する端末はノート・パソコン向けのデータ通信カードになるだろう。忘れてもらっては困るが,モバイル・データ通信市場において,我々は約200万ユーザーを抱えるトップ・シェアの事業者だ。そこで得た経験から言えば,モバイル・データ通信ユーザーは,法人,個人を問わず,高速化ニーズがすごく強い。色々なアプリケーションをもっと快適に使いたいと考えている。

 もう一つあるのは,今マーケットを立ち上げているスマートフォンだ。この種の端末は高速通信機能が強く望まれる。逆に言えば,次世代PHSで高速化することによってスマートフォン・マーケットの拡大が見込める。

 MVNO(仮想移動体通信事業者)と手を組んでマーケットを広げていくパターンもあるだろう。また,放送や雑誌,新聞などのメディアと組むことも検討したい。情報提供の手段は,パソコン経由だけではない。専用端末という形があってもおかしくない。

 これらのケースでは,単純な回線の再販ではなく,異業種の方々にネットワークを提供するホールセール・モデルのようなものも考えたい。

 このように,使われる場面は様々あるだろう。ただし,まずはインターネットに高速接続するためのアクセス手段として広げていきたい。

アッカ・ネットワークスやソフトバンクとイー・モバイルの連合など,2.5GHz帯を狙うライバルは多い。免許獲得への道は険しくないか。

写真●喜久川 政樹(きくがわ・まさき)氏
撮影:吉田 明弘

 我々としては,取れると思うからこそ申請する。仮に取れなかったら非常に困るが,免許は政府が出すもので,我々がとやかく言えることではない。淡々と準備を進めて申請するだけだ。

 ただ審査に当たっては,産業としてのPHSをどうしていくのかも考えてほしい。PHSは十数年前に日本製の技術としてスタートし,紆余曲折の末,再成長を始めている。世界に目を向けると,中国市場をはじめ約1億台まで普及が進んでいる。健全な産業として育ってきたわけだ。ここでPHSの次世代の姿を示せないとなると,PHS産業全体の将来に大きな影を落とすだろう。そうした意味で,次世代PHSはPHS産業にとって必要だと思うし,そうした主張もするつもりだ。

 次世代PHSは我々だけが主張している方式というわけではない。世界中のPHS事業者とメーカーが集まるPHS普及団体の「PHS MoU Group」で次世代規格として認知してもらっている。さらに,ITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)でも国際標準規格として認められている。我々が免許を得られることになれば,当然,海外のPHS事業者に対しても次世代PHSを採用するよう働きかけていくつもりだ。

より広い海外ローミングのため,モバイルWiMAXとのデュアル・モード端末を作る考えはあるか。

 可能性はある。製品レベルの話なので,我々が主導してそのような機器を作るケースと,メーカー自身の考えでそうした機器が登場するケースがあると思う。例えばノート・パソコンに両方の通信機能が搭載されることがあるかもしれない。デバイスが小型化されれば,両方を同時に入れることも難しくなくなるだろう。

 技術的な観点で見ると,次世代PHSとモバイルWiMAXは変調方式の原理が同じであるなど,似た技術と言える。無線デバイスを二つ積まなくても,ソフトウエアで切り替えるような形も技術的には可能なはず。制度面の整備なども必要になるので,「できる」とは断言できないが,「やりやすい」とは言えるだろう。


ウィルコム 代表取締役社長
喜久川 政樹(きくがわ・まさき)氏
1963年生まれ。広島県出身。87年3月に早稲田大学商学部を卒業。同年4月に第二電電(現KDDI)に入社。95年9月にDDI東京ポケット電話(2000年1月にDDIポケットに社名変更)に出向し,2001年6月に同社総合戦略部長に就任。02年6月取締役経営企画本部長,04年10月に執行役員経営企画本部長。2005年2月に社名変更によりウィルコム執行役員経営企画本部長となり,2006年10月から代表取締役社長。趣味はスキー。

(聞き手は,林 哲史=日経コミュニケーション編集長,取材日:2007年8月24日)

出典:日経コミュニケーション 2007年9月15日号 65ページより
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