21世紀のゴールドラッシュ

 iPhoneの普及は,ケータイ向けアプリケーション開発の世界も大きく変えようとしている。

 実は今,iPhone向けのアプリケーション開発は「21世紀のゴールドラッシュ」と呼ばれている。世界でのiPhoneの出荷台数は2009年4月時点で2100万台。iPhone用アプリケーションのほとんどが動作するiPod touchの台数と合わせると,3700万台という大きなプラットフォームになった。

 これは大きな市場だ。昨年のクリスマスには,ただ単にオナラの音がするだけの「iFart」というアプリケーションが,2日間で4万ドル(約400万円)を売り上げた。その後,米サン・マイクロシステムズの社員だったイーサン・ニコラス(Ethan Nicholas)氏は,「iShoot」というゲームで1日5万ドルを売り上げて,会社を辞めてしまった。iPhoneのアプリケーションを作れば,個人プログラマでも一夜にして大きな利益をあげられるチャンスがある。日本からも既に2人,こうしたiPhone長者が誕生している。

 このゴールドラッシュに,大企業が飛びつかないわけがない。特に熱心なのがゲーム業界で,海外の名だたるゲームメーカーは,既に主力タイトルをiPhoneに対応させつつある。日本の大手ゲームメーカーも,比較的柔軟な動きを取りやすい米国支社などを通して,iPhone進出を果たしている。セガが大成功を収めたのに続いて,ハドソン,コナミ,カプコン,タイトーなどもiPhoneに対応。iPhone用のゲーム開発は,携帯ゲーム端末を上回る注目を集め始めている。

 ゲーム機のミドルウエア開発を手がけるCRI・ミドルウェア社が,国内ゲームメーカーの102名に対して行ったアンケートの結果でも,8割が「iPhoneまたはiPod touchアプリの開発に興味を持っている」と答えた(図1)。また,iPhone対応によって,日本に加えて北米市場への進出を期待するゲームメーカーが多いことが浮き彫りとなった(図2)。

図1●国内ゲームメーカーはiPhoneに大きな興味を持つ
図1●国内ゲームメーカーはiPhoneに大きな興味を持つ
CRI・ミドルウェア社が実施した国内ゲームメーカーへのアンケート結果から。
図2●国内ゲームメーカーがiPhoneに魅力を感じる理由
CRI・ミドルウェア社が実施した国内ゲームメーカーへのアンケート結果から。
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大学や企業にも広がる変化の波

 iPhoneがインパクトを与えたのは,ゲームなどのアプリケーション業界だけではない。ケータイを使うユーザー側にも変化の波が広がっている。

 ドイツのケルン大学がiPhoneを4万5000台するなど導入事例が増えている。日本でも5月14日,青山学院大学が社会情報学部の全生徒に550台のiPhoneを配布すると発表した。iPhoneを使えば,米アップルの「iTunes U」と呼ばれる世界の主要大学の講義を収録したビデオや音声を,簡単にダウンロード視聴できる。こうしたメリットがあり,iPhoneは教育現場に普及しつつある。

 米国のテキサス州のアビリーン・クリスチャン大学は,講義中にiPhoneを使って学生からアンケートや質問を集めたり,iPhoneで教材を配ったり,課題を提出させたりという使い方をしている。講義の模様を録画して出席できかった講義を後で聞けるようにしたり,教室外の活動をうまく授業に取り込もうとしたりする取り組みもある。パソコンとインターネットを使えば同じことはできるものの,iPhoneの携帯性と使いやすさがこうした使い方を広めている。

 企業のiPhone採用も進んでいる。例えば,プライスウォーターハウスクーパースジャパン社(旧ベリングポイント社)は全社員に配布した。米国の大手バイオ系企業のジェネンテック社も採用している。企業にとってはセキュリティ機能が欠かせないが,iPhoneはBlackBerryと並んでセキュリティ機能が先進的だと評価されたようである。今後も企業採用は広がる見込みで,米国の調査会社であるフォレスター・リサーチ社は2009年中に米国の中小企業でも10%がiPhoneを導入すると予想を出している。

写真3●シャネルのiPhoneアプリケーション
真っ先にシャネルがiPhone対応したことで,ファッション業界でiPhoneの存在が大きくなった。
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 このほかiPhoneは,新聞,出版社,電子ブック関連会社などを含めた出版業界,ラジオやテレビを含む放送業界,音楽やファッションの業界にまで,大きな変化の波をもたらし始めている。日本でも産経新聞や雑誌のクーリエ・ジャポンがiPhone向けに配信している。米国ではThe Wall Street JournalやUSA Todayといった新聞がiPhone向けのアプリケーションを作り,iPhoneならではのニュースの読ませ方を模索している。また,アソシエイティド・プレスなどのニュース配信会社が,一般の人に直接ニュースを配信する試みや,逆に一般の人からニュース記事や写真などを募集する試みを始めた。

 ファッション業界でも,シャネルやラルフローレン,日本のUNIQLOなどのブランドが,iPhone用のプロモーション・アプリケーションを提供している(写真3)。最新のニュースやコレクションを見られるようにしており,それに合わせて米国のファッション誌などもiPhoneへの対応を急いでいる。

半歩先の未来をiPhoneで見よう

 パソコン並みのパワーをポケットの中のケータイに詰め込んだ形のiPhoneは,さまざまな業界に変化の波を広げつつある。こうした変化は,2008年7月にiPhone 3Gが発売された当時は,「もしかしたら,大きな変化が起こるかもしれない」という夢に過ぎなかった。しかし,iPhoneが世界規模で普及し,その上で多くのアプリケーション開発者がしのぎを削ったことで,「夢」から「現実」へと変わり始めた。

 iPhone同様にパソコン並みの機能と性能を持ち,自由でオープンなアプリケーション開発を促すAndroid端末が広がれば,この流れはさらに加速するはずだ。6月からの連載で,その変化の潮流の一端をご覧頂ければ幸いだ。

林 信行(はやし のぶゆき)
 ITジャーナリスト。1980年ごろからアップル社の動向に関心を抱き,1990年から本格的な取材活動を始め,その技術的取り組みやモノづくりの姿勢,経営,コミュニティづくりなど,多方面にわたって取材を続けてきた。Mac雑誌2誌のアドバイザーを経て,現在は日本国内に加えて米国,フランス,韓国などの海外メディアにも記事を提供している。アップル以外では,グーグルをはじめとする検索市場の動向,ブログやSNSの動向についても2001年ごろから記事を書いている。主な著書に『iPhoneショック』(日経BP社),『ブログ・オン・ビジネス企業のためのブログマーケティング』(日経BP社/共著),『mixiの本』(アスペクト刊/共著)などがある。

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