連載開始にあたって
チェンジビジョン代表 平鍋健児

 チェンジビジョン社の設計支援ツール,JUDEの開発は,日本と中国での分散開発で行われている,いわゆるオフショア開発である。

 私は,現在日本が行っている典型的なオフショア開発には,大きな問題があると考えている。それは「日本が上流」「中国が下流」というわけ方であったり,「いちども顔を合わせたことのない人がメールと仕様書のやり取りをしている」というコミュニケーションの仕方だったりする。

 私たちは,2002年から様々な開発手法,コラボレーション手法を試してきた。やり方を変えながら,改善してきたのだが,大きくコミュニケーションが変わったのは,ある日本在住の中国出身技術者が,チームに偶然加わったことだ。それが,この連載の著者,周翼(しゅうよく:周が苗字,翼が名前)である。

 もともと,私たちは英語とUMLを使った図,そしてコード自身で会話しており,いわゆる「ブリッジSE」と呼ばれるような,中国語と日本語の両方を話せる人に依存をした開発ではなかった。しかし,彼が加わったことで,どのようにしたら中国チームのモチベーションを高められるだろうか,とか,どのようにしたらチーム間の不信感を取り除き,逆に信頼感を高められるか,という視点が補強された。

 これは,主に日中両方の文化の理解によるところが大きい。

 例えば,私は,ある日本企業のマネジャから,こんな発言を聞いたことがある。「中国エンジニアの品質は信じちゃダメだ。“出来た”という言葉は“30%出来た”くらいにとらないと」。このマネジャは果たして,実際にこの開発者と会って会話したことがあるのだろうか? どうしてこのような中国人エンジニアの行動が起こるのか,理解しているのだろうか? あいまいな信頼感で仕事をしても,決して良い製品は作れない。

 OSIの7階層,という通信のプロトコル・モデルをご存じだろう。一層目は「物理層」である。人間同士のコミュニケーションにも,層があり,その一層目は「信頼関係」だといわれている。ここがなければ,どんな言語を使っても,どんな手段で会話しても,どんなに内容を詳しくしても,ムダなのだ。

 お互いの文化を理解し,尊重し合える環境を作ることは,オフショア開発の中心課題だ,ということを,彼は気づかせてくれた。

 この連載では,彼がこの5年間で学んだ「気づき」を紹介していく。ぜひ,期待して読み進んでいただきたい。


周翼
チェンジビジョン JUDE開発部

 この数年,日系ソフトウエア企業の中国オフショア開発が盛んになっています。しかし,期待したコスト・パフォーマンスを実現できなかった案件も少なくないでしょう。「中国側に仕様説明を行ったときは“すべてOK”の回答だったのに,期待と異なる成果物を納品された」「せっかく育てた中国人開発者が,すぐに会社を辞めてしまう。開発力が大幅ダウンだ」──などの,日本人開発者のクレームをよく耳にします。

 仕様の解釈の違いや頻繁な転職などの理由を,中国文化の中に探ることも確かに重要でしょう。一方で,それらの案件に参加している日本人開発者(特にリーダーと呼ばれる方々)も,自分自身の行動を失敗の一因として考える必要があると思います。

 中国人開発者の間で,自分について何かを議論しているようで気になったことはありませんか? 中国人開発者にアピールするために「日中友好」を頻繁に口にしたことはありませんか? 不具合の原因ばかり追求したことで中国人開発者の反発を受けたことはありませんか? もしかしたら,あなたは中国人開発者に嫌われているかもしれません。

 この連載では,実際のオフショア開発現場で私が経験したことや感じたことを紹介していきたいと思います。この中から少しでも中国人開発者に接するヒントを得ていただければ,と願っています。

 第1回のテーマは「中国開発者から見た変な日本人リーダー」です。双方の慣習や文化をよく知らない中国人開発者と日本人リーダーの間で,起こりがちなズレや誤解の典型的なパターンと言えるでしょう。こういうことが日常的に起こりうるということを覚えておいてください。

失敗したのに,なぜ笑いますか?

 私は大学を卒業した後,上海のある日系ソフトウエア会社に就職しました。そこではほとんどのプロジェクトで,テスト段階になると,中国チームと一緒にテストと不具合修正を行うために,数名の日本人開発要員が出張してきました。

 日本人開発者は本当によく働くし,中国人開発者に対しても惜しまずに技術と知識を教えてくれました。そのおかげで,日本人開発者は中国人開発者の尊敬と信頼を得ると同時に,そのプロジェクトの重大さもよく伝わってきました。でも,いくつかのシーンで,中国人開発者から見ると,不可解な行動がありました。

◆シーン1

 ある日,日本の本社から一本の国際電話がかかってきました。日本でのテストで新たな不具合が見つかって,緊急に対応をして欲しいということのようです。上海にいる日本人リーダーがその電話に応対しました。

「はい,○○です。ええ? 嘘でしょう? あり得ねー! あはは(笑い声),私のミスです,すみません,あはは,すぐに修正します,ははは…」。その日本人リーダーは笑いながら,自分のミスを認めたようでした。

 日本人リーダーのその対応を聞いていた中国人開発者の間で,次のような会話が交わされました。

「このプロジェクトの優先度は,それほど高くなさそうだね? だって,ミスしても怒られないようだから。最近,ずっと神経を張って仕事してたけど,これからはリラックス,リラックス」
「確かに。私も同感です。ところで,うちの日本人リーダー,大丈夫ですか? ミスしたのに喜んでましたよ。厚かましい。無責任な人間なら困ります」

ミスしたのに喜んでいる?
ミスしたのに喜んでいる?

◆シーン2

 別の日に,ある技術課題について,中国人開発者がこの日本人リーダーに質問しました。
中国人開発者:「すみません,この設定でデータベースがうまく動かないのですが,○○○さん,何かアイデアがありますか?」

 日本人リーダーは,設定を変えるなどして試してみましたが,やはりうまく動きませんでした。そして「わからねー! ははは(笑い声)」と答えました。

 昼食のときに,この日本人リーダーのことが,中国人開発者の間で話題に上りました。

「仕事にかかわる技術がわからなかったら,急いで調べなければいけないのに,どうして笑えるのか? 何が面白いのか?」
「事の重大さをごまかしているのではないですか?」

◆シーン3

 私が,ある日本のソフトウエア会社に派遣で勤務したときのことです。担当していた部分に不具合がありました。不具合票をもらったときに,非常に緊張して「すみませんでした」を繰り返しました。その後,
「あの中国人開発者,大丈夫か?」
「あんなに緊張して,もしかしてまともに開発ができないのでは?」
という日本人開発者の会話を耳にしたとき,私はどうやって責任感を表せばよいのか,非常に困惑しました。

 私たちは,例えば,小学生のときにテストの成績が悪かったり,衛生チェックでハンカッチの携帯を忘れたりして,厳しく先生に怒られた場合,真剣な表情で先生に頭を下げなければいけないと教育されました。真剣な表情は,その過ちに対する認識と緊張を表し,改善に努める決心を示すからです。逆に,過ちを起こしても,緊張しない人間は,無責任で将来がない人間と思われるのです。

 日本語の「厚顔」と同じ意味の言葉で,中国語に「臉皮厚」(臉は顔の意)というのがあります。過ちを起こした子供は親に平手でたたかれるわけですが,顔の皮が厚かったらこの痛みを感じないので,無責任で恥知らずのままでいられるという意味です。

 少し前の中国の雇用制度では,勤務態度や業務能力を理由に会社に解雇される恐れがありました(新しい中国の労働法では,勤続8年以上で終身雇用)。仕事で失敗して,業務能力が問われるときに,「臉皮厚」と評価されてしまったら,恐ろしい結末が待っていたのです。

 ところで,「中国人開発者は,自分の過ちを共有せずに黙って修正してしまう。その結果,開発の進ちょくが遅れる」という日本人開発者のクレームもよく耳にします。中国人開発者がそうした行動をとる理由は,自分のミスを笑って済ます日本人リーダーに疑問を感じる中国人の考え方に隠れているのかもしれません。

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