東芝デジタルソリューションズは、2017年11月9日、10日「TOSHIBA OPEN INNOVATION FAIR 2017」を開催した。同年7月に分社化し、東芝グループが新体制に移行してから初めて、ICTビジネスの今後を示す場になった。例年の同イベントは、旧インダストリアルICTソリューション社が単独で開催していた。分社化した後の今回は、逆に同社のみならず、東芝グループの総力を結集したデジタルトランスフォーメーションの実現に向けた取り組みと将来展望を披露する場となった。そこで披露されたのは、東芝グループの強みにフォーカスした「現場の、現場による、現場のためのIoT」の姿だった。

 「現場からはじまるデジタルトランスフォーメーション」をテーマに開催された今回のイベント。新生東芝グループが総力を挙げて訴求したのは、現場を知り尽くしている企業だからこそ提供できる実践的なIoTの姿である。

図1 東芝が思い描くデジタルトランスフォーメーションの姿

現場の知恵こそ競争力の源泉

図2 東芝 執行役専務 兼 東芝デジタルソリューションズ 取締役社長の錦織弘信氏

 東芝 執行役専務 兼 東芝デジタルソリューションズ 取締役社長の錦織弘信氏は基調講演の中で、「これまで、お客様にIoTについて私たちが提供できることを度々語ってきました。しかし、『コンセプトは分かったから、早く成功事例を見せて、存在を示してほしい』という声をいただいていました。2016年にIoTアーキテクチャ『SPINEX(スパインエックス)』を発表し、具体的な事例が出てきました。IoTとAI関連の事業には、現在、400件の案件があり、そのうち100件が既にビジネスになっています」と話した。

 東芝は、グループ会社のIoT関連事業の連結売上高を、2016年の約2000億円から2019年には3000億円に引き揚げる目標を掲げている。とはいえ、現在IoT関連のICTビジネスの環境は、各社間で熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられている状況だ。こうした中、東芝が自社のIoT関連ICTビジネスの訴求点として打ち出したのが、徹底した現場主義である。

 IoTシステムを構築する上で、クラウド上でのビッグデータ解析や人工知能(AI)関連処理など、ICTの重要性は言わずもがなである。しかし、実はこうしたICTの技術力には、各社間で大きな違いがないのが実情だ。むしろ、オープンな業界標準プラットフォームを活用した方が利点が大きい場合さえある。今回、東芝が強調した訴求点は、ICT自体の差異化要因ではなく、現場を徹底的に理解しているからこそ醸成できるICTの活用力である。

現場の知恵こそ競争力の源泉

 東芝は、IoTのシステム基盤であるSPINEXを、IoTアーキテクチャと位置づけている。多くのICTベンダーは、こうしたシステム基盤のことをIoTプラットフォームと呼ぶ。設計思想を示す“アーキテクチャ”と、システムの土台であることを示す“プラットフォーム”の使い分けこそが、IoT関連ICTビジネスにおける東芝のスタンスを端的に表している。

 「『プラットフォームを提供するので、後はお客さまのご自由にお使いください』といった、突き放したICTビジネスはしません。東芝は140年にわたって、ものづくりとインフラづくりを担ってきました。一つひとつの開発案件で得た知見の蓄積こそが、東芝が提供できるソリューションの源泉だと考えています」と同社 商品統括部の志田弘一氏は言う。

 SPINEXブランドのIoTソリューションは、東芝デジタルソリューションが保有するICTを枠組みとして、そこに社会システムやエネルギー、ストレージ&デバイスの各領域で最前線のビジネスを営むグループ会社の知見を注ぎ、より実践的なIoTソリューションに仕上げて顧客に提供する。つまり、現場の知恵を注いではじめて商品としてのソリューションが完成すると考えているのだ。だからこそ、“アーキテクチャ”という言葉でシステム基盤を表現している。そして、東芝グループが現場の知見を持つ「社会インフラ」「エネルギー」「ものづくり」「ビル・施設」「物流・流通」という5つの領域に絞った、実践的で効果的なソリューションの提供に注力するとしている。

図3 東芝グループ各社が保有する現場の知見を注いだIoTソリューションを披露

現場の知恵こそ競争力の源泉

 展示会場の展示や講演の中で示される事例には、SPINEXで目指す現場に即したIoTの姿が随所に垣間見えた。そのいずれもが、現場が求めることを徹底的に理解し、現場が抱える課題を現場と共に考えて、本当に必要な技術をしっかりと見極めて投入しているものばかりだ。むやみに高度な技術の活用に走る様子は微塵も見えない。披露された事例の多くが、東芝のグループ企業で使われているものであり、身内だからこその厳しい要求にさらされて徹底的に磨かれてた様子がうかがわれる。

 例えばエネルギーの領域では、AIを使った需要予測システムを披露していた。エネルギーは、IoTの効力を発揮しやすい領域の一つである。しかし、電力網などを効果的に運用するには、複雑に絡み合った供給側や需要側の多くの要因を勘案して運用法を決める必要がある。いかに現場を知っているかが、効果的な運用をするための鍵なのだ。2017年、東京電力は「第1回電力需要予測コンテスト」を開催した。高度なAI技術などを駆使した96件のエントリーがある中で、東芝のシステムが1位となった。勝因は、現場での経験を反映した気象予測情報の活用法にあったという。

図4 IoTを使った電力需要予測の展示

 こんな例もあった。東芝ロジスティックスで使っている、流通の現場である倉庫の中の作業員の作業効率を分析するシステムである。作業員の動きから効率向上のヒントを探ることを目的としたものだが、作業員の動きの検知に利用しているのは単純な加速度センサーを搭載したウエアラブル機器である。カメラを使って動きを追えば、もっと豊富な情報が得られそうなものだが、あえて単純な検知手段を使っているのだという。カメラで監視すると、作業員が意識して自然な作業を妨げてしまうからだ。さらに、映像データを使うとシステムの規模もデータ転送量も増えやすい。いかに少ないデータで、有益な情報を得られるかは、現場の理解度の高さに掛かっている。

図5 倉庫内の作業状況をIoTで分析
テーブル上のバンド型端末が、データ収集に活用したウエアラブル端末

世界有数の神業運用が求められる工場

 極めつけの例は、NAND型フラッシュメモリーを生産している東芝メモリの四日市工場の例である。

 四日市工場では、生産能力を増強する際、新しい生産ラインを丸ごと増やすのではなく、なるべく既存設備を有効利用しながら設備を増設していく方針を採っている。設備投資を最小限に抑えるためだ。しかしその結果、NAND型フラッシュの競合各社の工場に比べて、複雑なライン構造になっている。この工場では、50品種を、2万工程を経て生産。生産設備は200機種、5000台と種類、台数ともに多く、ラインは1日に20億件のデータを扱って運用している。しかも半導体工場の常であるが、扱うデータ解析とその結果を活用した運用の精度は、極めて高いレベルが要求される。ここは世界有数の神業運用が求められる工場であると言える。

図6 東芝メモリ四日市工場でのAIを活用したビッグデータ解析

 ただし工場を運用するIoTシステムの技術を磨く現場としては、おそらくこれ以上の場所はない。そして、実際に東芝は、その神業運用を支えるシステムを、AIを活用して実現。日々ブラッシュアップし続けている。

 例えば、同社はウエハーの検査画像から欠陥が発生した要因別に分類する作業をディープラーニングで自動化している。そして、従来の自動分類技術では49%にすぎなかった分類率が83%に工場したという。半導体工場には、特徴の異なる運用方法が求められる、プロセス工程と組立工程の両方が存在する。このため、ここで磨いたシステム技術の汎用性は極めて高い。こうした「厳しい現場を抱えていることが、東芝のIoT関連ICTビジネスの競争力を育む素地になっています」と同社 商品統括部 プロダクト&サービス・マーケティング部 部長の中島一雄氏は言う。

AI技術にも貫かれる現場主義

 現在、高度なIoTシステムを構築する上で、AIは欠かせない要素になっている。東芝には、人を分析対象にしたコミュニケーションAI「RECAIUS(リカイアス)」と物を分析対象にした2017年10月30日にリリースされたばかりのアナリティクスAI「SATLYS(サトリス)」の2つがある。この2つのAI技術にも、東芝の現場力が注がれている。AI技術というと、AI自体のアルゴリズムやニューラルネットワークの構造などに注目しがちだ。しかし、同社のAI技術は、現場に即したかたちでいかにAIを使いこなすかという視点からの、活用力を重視した技術体系を採っている。

 RECAIUSは、音声や画像から人の活動の中に潜むコンテクスト(文脈)を読み取るAI技術である。単に、話している言葉を認識したり、映っているのが誰なのかを判別するだけではない。人が集まる場の空気を読んだり、人の気持ちを察したりできる技術だ。東芝は、音声や画像の認識技術の研究開発を50年間継続している。ディープラーニングのような新しいAI技術と蓄積してきた技術を融合して、さらに高度化させた。

図7 コミュニケーションAI「RECAIUS」を活用したコミュニケーションロボット

 SATLYSは、少量の元データをベースに、学習データを自己増殖させて、高精度な推論ができるようにするAI技術である。東芝グループ各社の事業領域である社会インフラなどでは、高精度なAIを育てるだけの潤沢な学習データを取得できない応用が多い。例えば橋脚の疲労を判断するAIを育てるためには、実際に疲労した状態のデータを教材として多数用意する必要がある。しかし、現場で疲労するまで放置されているようなインフラは実際にはない。学習データの集めにくさは、自動翻訳や人物認証など大量の学習データが得やすいAIの応用と、社会インフラ向けAIの決定的な違いだ。SATLYSはこうした課題を解決する技術である。

図8 アナリティクスAI「SATLYS」を活用したラグビーのチーム強化に向けた選手の動き分析

 東芝のIoT関連ICTビジネスには、要素技術からソリューションに至るまで、徹底的な現場主義が貫かれている。東芝グループの企業が、他社が踏み込めない多種多様な現場を持っていることから、提供するソリューションは唯一無二の価値を持っていると言えるのではないか。