2017年6月にパナソニックの代表取締役 専務執行役員に就任した樋口泰行氏。日本マイクロソフトなどの経営者を歴任してきた同氏が大学卒業後、最初に入社したのが松下電器産業(現パナソニック)である。約25年ぶりに古巣に戻ることになった経緯や、社長を兼任するコネクティッドソリューションズ社の方針を聞いた。

口 泰行氏(ひぐち・やすゆき)
1980年に松下電器産業(現パナソニック)入社。1991年に米Harvard Business School卒業後、アップルコンピュータなどを経て、2003年に日本ヒューレット・パッカード 代表取締役社長に就任。その後ダイエーや日本マイクロソフトの経営トップを歴任し、2017年4月にパナソニックに復帰。同年6月から現職。(写真:加藤 康)

──多くの読者は樋口さんがパナソニックに戻った経緯に興味があると思います。就任に至る経緯と、戻る決断をした理由を教えてください。

 昨年、社長の津賀(一宏氏)から話がありましたが、最初は社外取締役だと思い込んでいましたのでびっくりしました。自分から戻りたいと言ったわけではありません。昔は「会社を辞める人イコール裏切り者」とか、「二度と(会社の)敷居は跨がせない」という雰囲気があったからです。

 しかし、津賀が社長になってからは、そういった雰囲気は薄まっていたようです。津賀は「アルムナイ(卒業生)」と表現しています。「卒業生についてもオープンにして、出入り自由」がこれからパナソニックのあるべき姿というわけです。

 私は40歳を超えた頃から、日本のためというか日本の企業でもっと貢献したい、役に立ちたいと思っていました。ダイエーの時も迷いましたが、社長を引き受けたのはそういう気持ちの流れでした。ダイエーの後は、もう一度外資(日本マイクロソフト)に戻ったわけですが、その時も日本企業で働きたいという気持ちは強かった。

 しかし、その頃、日本企業からの勧誘は2つのパターンしかありませんでした。1つはダイエーのように財政的に行き詰り、投資ファンドが入ってターンアラウンド(事業再生)をという話。もう1つはオーナー企業の後継者にという話です。正直、あまり魅力を感じませんでした。

 今回の話をいただいた時、大変光栄に感じました。そこで、「育ててもらった会社に恩返しできるのなら、言われた役割でやらせていただきます」とお答えしました。こちらから要望はほとんど出していません。

──津賀社長からの口説き文句はどのようなものでしたか。

 「手を貸してほしい」という表現をされました。エレクトロニクス業界が苦境に陥る中、パナソニックが繁栄し続ける会社になるためには変わらなきゃいけない。それは昨日と同じ今日があり、今日と同じ明日がある中でいかに努力しようと実現は難しい。変わるためには社内でずっと同じ経験をしてきた人だけでは限界がある。ただ全く新しい人でも駄目で、松下電器のDNAや文化を理解しつつ、新しい方向を考えることのできる人が必要と言われました。

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