きっかけはロボットのネット動画

 ZRRの導入を主導したのは、シタラ興産の2代目の社長である設楽竜也氏だ。創業者である同氏の父親の後を継いで、2016年5月に社長に就任したが、ZRRの導入自体は社長就任の以前から、同氏が中心になって数年がかりで進めてきた一大プロジェクトだった(図2)。

 設楽氏が、当時日本国内ではほとんど知られていなかったフィンランド発のロボットを先駆的に導入したのは、入社当時の産廃処理事業に対する同氏の強い思いが原点となっている。

 設楽氏は学校を卒業後、ほどなくして父親の経営するシタラ興産に入社した。ただし、経営者の息子といえども、当初は産廃の選別現場の作業員として働いた。連日、ベルトコンベア上を流れる木くずや廃プラスチックを手で拾い、選別する作業に明け暮れる中、「辛い仕事だ」と現場の作業員の負担を身にしみて実感。同時に、いつしか「過酷な仕事という産業廃棄物処理業界のマイナスイメージを払拭したい」との思いを抱くようになった。2003年、同氏が24歳の時、社長である父親が倒れたこともあり、このころから、いつか家業を継ぎ、経営者として自らの思いを実行に移すことを意識し始めた。

 設楽氏は、産廃業界のイメージを一新するには、まずは作業員を過酷な労働から解放することが大前提だと考えた。人に代わって廃棄物の選別を自動で行ってくれるロボットはないかと、毎日のようにインターネット上の動画共有サイトなどを検索。「選別機」や「セパレート」といったキーワードで検索を続けるうちに、1つのロボットにたどり着く。それがZenRobotics社のZRRである。

 産廃処理業界にはZRRに限らず、以前から自動選別用のロボットはあった。しかし、その多くはコンクリート片などの選別に向けたものが大半。設楽氏はZRRの動画を見て、コンクリート片などだけでなく木くずなど多種多様な廃棄物までロボットが自動で掴み、選別する様子に衝撃を受けた。現場の作業員時代に連日、木くずを拾い続けてきた経験から、木くずのピッキングの難しさを実感していたからだ。長年探していたものをついに見つけたとの思いだった。

 ここからZRRの導入に向けて、設楽氏の怒濤の日々が始まる。同氏はZRRの動画を発見した後、すぐさま馴染みの商社に連絡。彼らを引き連れて、ZenRobotics社があるフィンランドに飛んだ。自らの目でロボットの動きを確かめるためだ。ZRRの世界で最初のユーザーである、フィンランドSUEZ Finland社のヘルシンキの工場を訪問。約1週間、朝から晩までロボットに張り付いて見学した。ロボットは本当にどのような種類の廃棄物でも選別できるのか、天候によって動作に違いはないのかなど、つぶさに観察した。

 その後も、設楽氏は立て続けにフィンランドを訪れる。2015年8月には、実際にロボットを購入するつもりで訪れた。2016年1月になって、国内での販売代理店に決まったサナース、さらにはベルトコンベアや専用機械の製作を請け負う御池鉄工所と共に再びフィンランドを訪問。ここでついにZRRを購入し、今回の導入に至った。

ロボット導入で生じた軋轢

 今回の新工場は2009年に土地を取得するなど、ZRRを見つけるはるか以前から既に計画がスタートしていた。ZRRの正式導入も工場の竣工直前に決まったため、竣工直後の作業ラインは人手での選別を前提としたものだった。そこで工場竣工後は、6000万円の費用を投じてこの作業ラインを取り壊し、新たにロボット用のラインを敷設し直した。産廃の処理施設の設置に当たっては、設置場所を管轄する行政長からの許可も必要だが、当初は人手のラインを前提に申請していたため、ZRRの導入決定後、この申請もやり直したほどだ。

 導入に当たっては、経済産業省の「ロボット導入実証事業」にも応募し、5000万円の補助金を受けた。そうした評判を聞きつけ、稼働後はロボットのAI技術に興味を持つ大手電機メーカーまでもが見学に訪れるくらいである。

 ただし、ロボットの導入は社内で軋轢も生んだ。同社の経営陣や同氏の親族はみな、ロボットの導入に難色を示した。経営陣ばかりではない。「人でも業務を回せているのに、ロボットなどを導入したら職を奪われるかもしれない」と、10年以上勤務していたベテラン作業員ら15人が2015年12月、同社を去った。50人規模の会社でこれは痛手である。社内で支援してくれていたのは前任社長の父親のみだったという。2016年には業務経験を問わずに新しい人材を採用し、フィンランド発の最新鋭ロボットの導入に備えた。