「仕事付き高齢者向け住宅」ってどんなもの?

課題は報酬、伸こう福祉会と東レ建設のモデル事業で見えてきたこと

2018/04/25 09:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 介護施設などで高齢者に仕事をしてもらい、社会参加を促すことで生涯現役社会を実現する。そんなコンセプトで経済産業省が提唱しているのが、「仕事付き高齢者向け住宅」である。

 2017年12月から仕事付き高齢者向け住宅のモデル事業を行っているのが、社会福祉法人 伸こう福祉会と東レ建設だ。2017年度には、両法人の提案が「仕事でイキイキ高齢者健康寿命延伸事業」として経済産業省の健康寿命延伸産業創出推進事業に採択された。このモデル事業を通じてどんなことが見えてきたのか。現在までの成果や課題を追った。

畑仕事をしている様子(写真提供:伸こう福祉会)
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「この仕事はできません」と線引きせず

 今回のモデル事業では、要支援~要介護3の高齢者が仕事を通じて自らの生活を豊かにしてもらうことを目指している。舞台となったのは、伸こう福祉会が神奈川県藤沢市で運営する介護付き有料老人ホーム「クロスハート湘南台二番館」。2017年12月~2018年2月にかけて、86~97歳の合計15人の入居者が「仕事」に参加した。

高床式砂栽培農業施設「トレファーム」(写真提供:東レ建設)
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 今回用意したのは、(1)畑仕事、(2)保育園での作業、の2種類である。(1)の畑仕事に関しては、施設から車で7分ほどの場所に東レ建設が高床式砂栽培農業施設「トレファーム」を整備し、畑仕事ができる環境を整えた。トレファームで葉物野菜のフリルアイスとミックスリーフを栽培し、収穫して販売するまでの全工程を行ってもらった。

 (2)の保育園での作業は、伸こう福祉会が運営する保育園で実施した。具体的には、児童の散歩の補助や食事の盛り付け、掃除などの仕事をした。

 どの仕事をどれだけ行うかは、入居者の希望を尊重した。施設で説明会を実施し、どういう仕事があるのかを入居者に伝えた上で、「畑仕事がしたい」「子供と関わりたい」などの要望を聞く形をとった。個人の状態に合わせて仕事を行ってもらうために、医師や家族にも相談し、どういう注意が必要かを確認したという。

 介護度や身体状況によって「この仕事はできません」と線引きすることは行っていない。利用者がやりたいことをできる範囲でやってもらいたいという思いが根幹にあるからだ。

 実際、今回のモデル事業では、車いすを利用する入居者が畑仕事に参加した。これは、トレファームが“高床式”であることも多分に影響している。しゃがむ姿勢をとらなくても農作業ができるため高齢者でも楽に作業ができることは分かっていたが、「要支援・要介護の人でも楽しく使ってもらえたことは嬉しい驚きだった」と東レ建設 トレファーム事業推進室 次長の内田佐和氏は話す。

トレファームではしゃがまずに作業ができる
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(写真提供:伸こう福祉会)
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 職業紹介事業所ではなく、高齢者を支援する介護施設だからこそ「入居者が何をやりたいのかを聞き取り、それに合った仕事を用意したい」と伸こう福祉会 経営企画室の中村洋平氏は語る。介護施設だからできる環境づくりに注力していきたいとしている。

 どういう仕事が提供できるかについては、現在も検討を続けている。「いろいろな仕事が選べるようになれば」と伸こう福祉会 品質管理本部の荒川多恵子氏は展望する。特に導入しやすいのは、高齢者の趣味や以前の仕事を生かせることだという。

見えてきた課題とは…

 モデル事業では課題も見えてきた。仕事をしたことへの「対価」をどう捻出するかという問題である。

 農作業に関しては、野菜を販売することで売り上げが発生したため、1回参加するごとに500円の謝礼金を渡すことができたという。保育施設に関しては、「本来は保育士が行う仕事をやってもらったので、浮いた人件費を謝礼金として渡すことを検討したい」(中村氏)としている。

 伸こう福祉会では、かねて高齢者の経済面について問題意識を持っていた。高齢者施設の紹介を行っている人から「施設に入居することで費用がかさみ、経済的に困ってしまう高齢者もいる。年金に加えてあと5万円もらえると、ちょっと豊かな生活ができるのに」という声が届いていたからだ。

畑仕事をする入居者と見守るスタッフ(写真提供:伸こう福祉会)
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 ただし、仕事の対価を施設が負担するやり方では、仕事付き高齢者向け住宅の事業は継続しない。「単発のイベントごとではなく長く継続していくために、どういう風に財源を作るかについては検討していかなくてはいけない」と中村氏は言う。

 伸こう福祉会としては、質の高い商品やサービスの提案によって対価をもらうという仕事の在り方は崩すべきではないと考えている。ゆくゆくは「5万円の謝礼金をお支払いできるようにすることを目指したい」と荒川氏は話す。

 この他に、現場の人員配置も検討すべき課題といえる。今回は、新しいスタッフを雇わずにモデル事業が実施できるよう工夫を凝らした。

 例えば、複数の場所で入居者が仕事をすることがないように、「種を植える日」「袋詰めの日」など1日に行うのは1作業と決めた。「3人のスタッフで4~5人の入居者を見守るのが丁度良かった」と荒川氏は振り返る。普段はドライバーや営繕、植栽の仕事を担当してくれる70歳以上の「シルバースタッフ」にも仕事中の入居者を見守る仕事に協力してもらうことで、新しいスタッフを雇わずに対処できた。

 今後、現場職員に“仕事付き”の意識が根付けば、仕組みが整って「スタッフを何人も増やさなくてはいけないということにはならないと思う」と荒川氏は見ている。今働いている人数で行えるような仕組みを作りたいとしている。

左から、伸こう福祉会 経営企画室の中村洋平氏、伸こう福祉会の柿木景子氏、伸こう福祉会 品質管理本部の荒川多恵子氏、東レ建設 トレファーム事業推進室 次長の内田佐和氏
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入居者ができることはたくさんある

 今回のモデル事業では、思いもよらぬ発見もあったと両法人は口をそろえる。86~97歳の高齢者が仕事をすることについては、「初めはできるかどうか半信半疑だった」と内田氏は振り返る。しかし、一度作業を教えるとすぐにできるようになっていたという。「没頭していて楽しそうだった」と荒川氏は表現する。

 根を詰めすぎてしまうくらいだったので、作業時間を30分の時間で区切ることにした。高齢者を無理に働かせることのないよう配慮した。

 仕事に参加した高齢者からは「手応えを感じているような印象を受けた」と伸こう福祉会の柿木景子氏は話す。当初は「私たちが売れる野菜なんて作れるの?」と言っていた人も、仕事に参加するうちに「美味しいから売れるよね」と自信を持つようになっていたという。販売に参加した90歳代の入居者からは「私、販売の仕事向いていたよ」という声まで聞こえた。

野菜を販売している様子(写真提供:伸こう福祉会)
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畑作業をしている様子(写真提供:伸こう福祉会)
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 介護スタッフとしても新たな発見があったという。仕事をしてもらうことで、「入居者ができることがたくさんあることに気付いた」と中村氏は話す。この気付きを高齢者の可能性を広げることにつなげたいとしている。

 今後は他の法人が手掛ける施設とも連携することを視野に入れる。自分ができる範囲で何らかの仕事をしたいと思っている高齢者は多いと考えているためだ。大きなムーブメントを起こして「仕事付き高齢者向け住宅を実現したい」と中村氏は意気込んだ。