当たり前だが、会社を悪くしようと考える経営者や社員はいない。まあ、何か恨みがあって会社を潰してしまおうとたくらむ輩(やから)もいるかもしれないが、それはレアケース。もしもそのような者がいてそうなってしまったのなら、そうなっていなくてもいずれ潰れる会社だったということだ。

 自分の会社を良くしよう。そのために、経営者も社員もいろいろなことを考える。例えば、教育研修に注力する。しかし私の知る限り、研修を行っただけで劇的に良くなった会社はなかった。あるいは、会社を良くしたいという一心で片っ端から経営本を読みあさり、書いてある通りに経営しようと考える経営者も多い。しかし、その通りに経営できれば、そして、すぐに結果が出れば世話はない。

 申し上げたいのは、良い会社というのは、良い会社になる「訳」があるということだ。これは、およそ自分で考え、試行錯誤の結果から導いた、自己流でたどり着いた「訳」である。

 それが分かったようなことがあった。それも最近のことだ。

 この会社、本業は自動車部品の開発と生産である。実に器用な会社で、自動車メーカーから厚い信頼を得ている。その証拠に、難しい開発を頼まれるだけでなく、よそのクレーム対応にも駆り出されるなど、何か困ったらあそこに頼めといわれるような、開発型企業のお手本みたいな会社である。

 その上、今は自動車部品が主力だが、将来の自動車業界のパラダイムシフトに備えようと新事業や新商品開発にも注力している。まさに、我が国ものづくりの最先端を走っているような会社でもある。

 では、なぜそうなったのか。その訳は、経営トップの強力なリーダーシップだ。そしてそこからは、強力を通り越して強烈と言ってもよいほど、とにかく開発に全力投球を惜しまない姿勢がうかがえるのである。

 今までは、自動車メーカーの要求に丁寧に対応するだけでよかった。しかし、これからはその肝心要の自動車メーカー自身がどう変身(変心?)するか分からない。そのためには、自助努力が必要だ、ならば開発するしかないと、社内はもちろん協力企業などの社外にも檄を飛ばし、自らが先頭に立って他分野・異業種と交流し、試行錯誤しながら会社のかじ取りをしている。その上で、社内の開発部隊には相当の権限と予算を与え、全社一丸となって開発に取り組んでいるのである。

 この会社が良くなった訳がもう一つある、開発責任者の独自性である。