慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と、一橋大学名誉教授の米倉誠一郎さんによる対談の第3回。今、日本にとって大切なことは「幸せ」「元気」「健康」「優しさ」と話す米倉さん。これらのキーワードは、すべてイノベーションにつながる大切な要素になっているからだという。一見すると、ビジネスにおける成功と関連が薄そうな言葉は、なぜ重要性を増しているのか。
前野教授(左)と、一橋大学名誉教授の米倉さん(写真:加藤 康)

理想は「言葉で表せない塾」

前野 これまで日本企業とイノベーションについてお話を伺ってきましたが、米倉さんは「日本元気塾」の塾長を務めていらっしゃいます。元気塾も、「企業家精神を育てる」「日本を変える」という点でイノベーションを生み出すための活動の1つになっているのですよね。

米倉 日本元気塾は、森ビルが運営する社会人向けの教育機関「アカデミーヒルズ」が開講しています。前身は経営や都市工学、ファッションなどを社会人に教える「アーク都市塾」で、六本木ヒルズやアークヒルズを運営する森ビル創業者の森泰吉郎さんが1988年に創設しました。

 泰吉郎さんは東京商科大学(現・一橋大学)の出身で、50代半ばまで横浜市立大学の教授として経営史を教え、同大学の商学部長を務めました。大学の先生をやりながら不動産事業も手がけていて、1959年に大学を辞めて森ビルの経営をスタートしています。学部長選では、左翼系の人から「ビル経営をしている人間に学部長が務まるのか」と批判されたようなんですね。安保闘争の真っただ中ですから、そういう時代感だったのでしょう。泰吉郎さんがすごいなと思うのは、「ああ、そうですか」とビジネスの世界に転じたところです。

 その後、ビル経営で成功して、ビル単体による「点の開発」から、地域開発の「面の開発」に事業を拡大しようということで、オフィスビルやホテル、集合住宅などの複合施設である東京・赤坂の「アークヒルズ(ARK Hills)」を1986年に開発しました。その際にできたのがアーク都市塾です。

 泰吉郎さんの次男で森ビルの前会長を務めた森稔さんの時代に、僕は3代目の塾長になりました。稔さんも「都市はビルではない。そこに住まう人が形成する」という考え方が泰吉郎さんと同じ。そこで、経営や都市工学、IT(情報技術)、デザインを充実させて、講師と共に活動しながら暗黙知を学べる塾にすると同時に、「日本元気塾」という名称にしたいと提案したんです。

前野 インパクトのある塾名ですよね。

米倉 実のところ、内心「却下されるかも」と思っていたところもあったのですが、稔さんに話したら「いいんじゃないか」と。伝統ある「アーク都市塾」の「アーク」は「赤坂(Akasaka)と六本木(Roppongi)を結ぶ(Knots)」という意味のしゃれた名称だったのですが、それを変えてしまったんです。

 日本元気塾のコンセプトは「いつでも、どこでも、誰でも」というインターネット時代のフレーズとは全く逆で「今だけ、ここだけ、あなただけ」。カリキュラムもないし、卒塾証書もありません。

 僕が理想としているのは「日本元気塾って何?」と聞かれたときに、言葉で表せない塾です。要するに、教科書があって、ケーススタディーを学ぶ塾ではありません。暗黙知と暗黙知を擦り合わせる、まさに古典的な塾の体験です。

前野 どんな方が講師を務めているのですか。

米倉 亡くなってしまいましたが、伊勢丹のカリスマバイヤーで福助の社長を務めた藤巻幸夫さんや、Francfranc(フランフラン)社長の高島郁男さん、「フェラーリ」のデザイナーだった奥山清行さん、LIXIL元社長の藤森義明さんなど。手前みそですが、そうそうたるメンバーに協力していただいています。

 2018年4月に開講した第6期では、一橋大学大学院 教授の楠木建さん、早稲田大学のラグビー部で大学選手権を2連覇したのに「世界で最もカリスマ性のないリーダー」と自称する中竹竜二さん(日本ラグビーフットボール協会 コーチングディレクター)を講師に迎えました。本当にぜいたくだと思います。

前野 豪華講師陣だけれども「暗黙知のまま」の塾であると。