野辺山の口径10mの干渉計と、左・海部宣男さん、中・石黒正人さん。1980年代後半か?
(写真提供・石黒正人)
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 新車の発売時にはすでに次の新モデルの計画、設計が進んでいる――。技術の世界の常である。スーパー電波望遠鏡「アルマ」も同じで検討が始まったのは、日本が世界最大の電波望遠鏡を完成したすぐ翌年のことだった。

 世界最大の電波望遠鏡とは、国立天文台の野辺山宇宙電波観測所(長野県南佐久郡南牧村野辺山)に建造された口径45mのパラボラアンテナからなる「世界最大のミリ波望遠鏡」だ。

目標精度±0.3mm、世界で前例のない「ものづくり」

 中央本線の小淵沢と信越線の小諸を結ぶ八ヶ岳山麓を走るJR小海線は、JRでは最も標高が高い「野辺山駅」で知られる(標高1345.67m)。野辺山宇宙電波観測所はその野辺山駅から約2km南に位置する。夏休み期間中は、迫力のあるアンテナ群を見ようと多くの子供たちが訪れる宇宙天文施設の名所だ。

 野辺山宇宙電波観測所の開所は1982年3月。その正門の正面にそびえる45mアンテナの主鏡は、当時としては未曾有の高精度表面仕上げで作られた。

 主鏡の目標精度は±0.3mm。

45mのディシュをこの誤差内に仕上げて組み上げるという世界でも前例のない「ものづくり」。十数年を費やしてついに作り上げたものだ。

 1982年1月26日。
 45m電波望遠鏡の観測棟は、大ぜいの活気であふれていた。窓に固く凍りついた霜が、朝の透明な陽射しの中で水滴に変わっていく。私たちの長年の夢として育て、実現してきた45m電波望遠鏡の、目標テストをするための初観測が明けた朝である。
 やっと迎えた初観測だったが、前夜に観測したデータを計算機処理にかけても、期待したオリオン星雲からミリ波スペクトル線の影も形も見出せなかった。
 その考えうる一番おそろしい解釈は、45m望遠鏡の鏡面が、予定の精度に達していないのではないかということであった。
(『電波望遠鏡をつくる』海部宣男著、1986年、大月書店刊)

 この記述は、終戦直後から始まった日本の電波天文学の第2世代である元・国立天文台長、海部 宣男さんが書いた『電波望遠鏡をつくる』(1986年、大月書店刊)の冒頭部分だ。30年以上前のこととはいえ、読んでいてハラハラさせられる。

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