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 2007年4月,米国の特許法改正案が再び下院議会に提出された。もし,改正案が可決されれば,今後の特許侵害裁判はもちろん,ライセンス交渉においても大きな影響を与えることになる。

 米国の特許法改正案は基本的には2005年6月に提出された改正案とほぼ同様の内容だ(Tech-On!関連記事1同2)。議会はこの特許法改正案を最重要事項のひとつとして認識しており,2007年末までに制定という目標を掲げている。しかし,改正に抵抗する勢力は多く,そのロビー活動も活発になってきているため,改正案が迎える結末は不明だ。

欧州・日本が後押しする先願主義

 今回の改正案で最も重要な改正点は,他国と同様に米国も先願主義を採用すること,特許成立後にその有効性について異議を申し立てできる欧州方式の制度を採用すること。次いで重要な点としては,特許侵害裁判において損害賠償額をより適正な額にすること,故意の特許侵害を訴える場合には故意性の証明をより厳密にすることなどが挙げられる。これらのテーマは,最近,損害賠償の請求額が青天井で上昇していることや,特許侵害裁判や特許の売買を目的に特許を持つ企業,いわゆるパテントトロールによる特許侵害裁判が増大していることを懸念し,改正案に盛り込まれたものと思われる。

 現在,米国で採用されている先発明主義は,そもそも,米国では特許権は憲法によって「発明者」に保障されていることに由来する。先願主義を採用すると真の「発明者」から権利を奪うことになりかねないという観点から反対する向きが多い。さらに先発明主義は,特許申請に必要な人的資源や資本を十分に持たない個人発明家や大学,中小企業(特に特許申請した技術を核に起業したベンチャー)を守るためにも適切であると言われてきた。しかし,特許制度の世界的調和に向けて,欧州や日本からの要求が強いこともあり,先願主義の採用は避けられないものとみられる(Tech-On!関連記事3)。

 もうひとつの重要改正点である,特許成立後にその有効性に異議を申し立てできる制度に関しては,業界によって賛否が分かれている。例えば,製薬業界は特許を取得した技術の開発期間が比較的長く,その開発に投資する額も大きい上に,製品として認可されるまでにも長い期間を要する。このため,せっかく特許を取得し,いざ利益を回収しようとした時点で,特許無効の訴えを起こされたのではかなわないという面がある。一方,エレクトロニクスや情報産業などは,製品寿命が製薬などに比べると短いので,裁判で特許の有無効性を問うよりは,裁判外でさっさと決着をつけたいという企業側の思惑がある。

「適正な額」算出には問題が山積み

 損害賠償を適正な額にすべしという点については,総論で賛成でも各論で反対の見方が少なくない。どのように「適正な額」を算出するかという点で議論が尽きないのだ。改正案では,他者の特許を侵害している製品の市場価値すべてを損害額とするのではなく,当該製品のうち,他者の特許を侵害している部分についてのみ損害額として算出するべきだとしている。

 しかし,この損害額の評価法にはいくつか問題がある。製品の市場価値は個々の部品要素の単純な足し算で決まるわけではないし,特許侵害されている部分が著しく製品全体の市場価値を高めている場合も多い。製品を構成している各部品の価値にどのような重みづけをしていくのか,不明な点が多い。

 従来,故意の特許侵害の訴えはよく行われてきた。故意が認められれば損害賠償は増額される傾向にあり,実際の損害額に対して3倍もの支払い命令が下ることもある。多額の損害賠償の決定が裁判官の裁量に委ねられている状況をかんがみて,今回の改正案では,故意侵害と判断するための基準をより厳しくし,悪質な侵害とよりはっきり証明できる場合にのみ損害賠償を増額できるようにした。

 以上が米国の特許法改正案の骨子である。米国議会がどう結論づけるのかによって今後の特許侵害裁判およびライセンス交渉の流れは大きく変わっていくことになる。次回からは,今後の特許侵害裁判やライセンス交渉に影響を与えると思われる最近の重要な特許裁判について説明していきたい。