位置付けが分かりにくい新技術の登場、一見不可解に見える組み合わせでの企業提携、未知の勢力の台頭─。SCR大喜利は、こうした理解しにくい出来事の背景や波及効果を、専門性や立場の異なる複数の識者が、それぞれどのように読み解き分けるのか、視点の違いを横並びで見せるコラムである。

 「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。プロ野球の選手や監督として数え切れない勝負に接してきた野村克也氏はこのように言っている。勝負を重ねる中で、より多く勝っていくには、このように考えないと慢心するし、進歩もない。

 今回のSCR大喜利では、日本の半導体産業の中で数少ない勝ち組と言える東芝を題材に、同社が勝ち残った要因を探求した(表1)。

表1 「東芝のメモリー事業は、なぜ生き残りなぜ好調なのか」をテーマとしたSCR大喜利での回答
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「成功は運頼みだった」

 1990年代半ばまでの日本の半導体産業の全盛期は、DRAM事業によってもたらされた。日本の成功体験は、DRAM事業にある。その後、多くのメーカーによる半導体事業の分社化、撤退が相次いだ。社名も変えず、総合電機メーカーの枠組みからも外れず、現在もメモリー事業を続けているのは東芝だけになった。扱う商品はDRAMからNANDフラッシュメモリーへと移ったものの、なぜ東芝だけが勝ち残ることができたのだろうか。

 服部コンサルティング インターナショナルの服部 毅氏は、「幸運なことに、社内でNANDフラッシュが発明され、DRAM事業のスタイルを継承できた。さらに幸運なことに、『iPod』などNANDフラッシュの応用機器市場が育ち、売り上げを伸ばすことができた」とした。同様に、多くの回答者が同社の強運を理由に挙げている。

 野村證券の和田木哲哉氏は、回答に先立って、かつて東芝の半導体部門を支えた複数の人々に本音を聞いた。おしなべて、「偶然」「たまたま」「運が良かっただけ」といった回答ばかりだったという。「『他に何かあるでしょ』と食い下がったら、さらに熱っぽく、いかにここまでの成功が運頼みだったのかを滔々(とうとう)と語られた」(和田木氏)。

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