医療の質を向上させるデータサイエンティスト──岐阜大学と広島赤十字病院の取り組み

2014/08/15 00:00
本間 康裕=日経コンピュータ

 医療の質を高めると同時にコストを削減するために、ビッグデータの活用は有効な手段だ。ただし、病院内の情報をいくらかき集めても、それを分析して実際に活用できる人材「データサイエンティスト」がいなければ、無用の長物となってしまう。2014年7月16日~18日まで開催された国際モダンホスピタルショウ2014で行われた、岐阜大学大学院 医学系研究科 医療情報学分野 教授の紀ノ定保臣氏と、広島赤十字・原爆病院医事顧問の西田節子氏の講演内容から、医療界でも始まりつつあるビッグデータ活用とデータサイエンティスト育成についてまとめた。

 今、医療の世界でも「データサイエンティスト」が脚光を浴びている。ビッグデータを集めて解析し、その中から役立つ指標を見つけ出す役割を果たす彼らは、医療の世界でこそ大きな成果を出すのでは、と期待されている。医療界は、他の分野に比べて業務や経営の効率化が徹底しておらず、まだまだ改良の余地が多くあると見られているからだ。

 一方で病院は、患者のバイタルデータ(血圧や体温、心拍数など)をはじめ、注射や経口薬剤のオーダーデータ、来院者やスタッフの動線データなど、データの宝庫ともいえる環境にある。

時間がかかり過ぎ、というクレームを減らす

 岐阜大学大学院 医学系研究科 医療情報学分野 教授の紀ノ定保臣氏は、「ビッグデータを活用した医療の質向上」と題して、大学病院でのビッグデータ活用に関して講演した(写真1)。

写真1●岐阜大学大学院 医学系研究科 医療情報学分野 教授の紀ノ定保臣氏
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 岐阜大学医学部附属病院は、病院全体で医療データを共有し活用するために、データウエアハウスを導入。診療科ごとの縦割りを排除し、データを中央のサーバーで一元管理。このデータを、院内のどこでもリアルタイムで閲覧・利用できる環境を整えている。

 まず、患者の動線を分析したケースについて説明した。多くの病院では、訪れる患者数は全体で○人、何科受診△人、検査が□人というデータを取得している。だが、データを部署ごとに記録しているのみの場合が多いという。
 そこで、患者数においてどの部署とどの部署の相関が高いかを分析し、さらに時間帯別に患者の動線比較を試みた。「今までなら、1日平均来院者数1050人というふうに、数字で書くのが普通だった。しかし、これからのビッグデータ時代では、各診療科間で相関があるかどうかを見つけていくことが大切」(紀ノ定氏)という。

 具体的には、(1)会計を担当する医事会計は多くの診療科と強い相関がある、(2)内科と外科、検査部と内科の間にも強い相関関係がある、(3)検査部の外科の間の相関は弱い、(4)ウオークイン(予約なし)の患者を受付する総合診療部と内科の相関は比較的強い、などの結果が判明した(写真2)。

写真2●部署間の相関性を分析した図
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 そして、相関の弱い診療科や部門を外して、内科、外科、検査部、医事会計の間の相関関係を分析した。「院内滞在時間1時間半で、患者の8割は帰っている。しかし、時々3~5時間滞在する患者がいて、これはクレームの素になりかねない。長時間滞在の原因をどの過程で作り出しているのかを分析した」(紀ノ定氏)。

 具体的に、どのパターンが時間がかかっているかを解析したところ、検査部→外科→医事会計というパターンと、検査部→内科→医事会計というパターンで、2時間半から3時間滞在する患者がかなり多く存在することが分かった。このパターンをさらに分解してみたところ、最初の過程である検査部から内科・外科に行く動線では、さほど時間はかかっていなかった。内科・外科から医事会計に行くまでの間に、長時間院内に滞在しなければならない要素が生じていたのだ。

 検査を終えて外科や内科に戻り、医師から説明を聞いて処置をして、その後医事会計に行くという動線において、「課題があることは明らかで、そこを改善することで患者の不満を解消できた」と紀ノ定氏は説明した。現在では、多くの患者の滞在時間は90分以内だという。

手術予定と実際との差が3時間以上は再手術が多い

 続いて、手術に関する改革について解説した。紀ノ定氏は以前、手術の予定在室時間と実際に要する時間の差を調べた。すると、手術時間が予定を3時間以上超えるケースがしばしばあることが判明。さらにデータ解析を進めると、1週間以内に再手術が必要となる確率が、3時間以上超過の場合は5.5%もあり、全体の2.5%と比較して有意に高いことが分かった。

 そこで予定を3時間以上超えた場合に、理由を詳述したレポートを提出させる「3時間ルール」を設定。手術室の効率的運用と同時に、手術の質改善を図った。このレポート導入以前は「時間をオーバーするのは、難手術や緊急手術だから仕方がない」という見方が支配的だった。だが、実際にレポートを義務付けたところ、医師が原因として指摘したのは、過少申告、術前評価が多く、救急などの緊急症例は少なかった。

 「つまり、手術に必要な事項や手順について十分な事前シミュレーションがなされていないために、予定と実際の差が大きくなっていた」(紀ノ定氏)。レポートの導入後は、事前準備により注力するようになったため、手術の予定時間と実際の手術時間の差は、「現在でもゼロにはなっていないが、少なくなっている」(紀ノ定氏)という。

データサイエンティストに必要な「使わせる力」

 広島赤十字・原爆病院 医事顧問の西田節子氏は、「ビッグデータ時代における医療データサイエンティストの必要性」と題して講演した(写真3)。

写真3●広島赤十字・原爆病院 医事顧問の西田節子氏
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 同病院は、ベッド数598床、職員数1164人、25の診療科を持つ地域の中核病院である。2012年4月に、医療情報部門に統計調査係を新設し、昨年3月からデータ分析統合環境の整備を進めている。

 以前は、AccessやExcelで集計したデータを、PowerPointなどで資料として作成していた。現在は、データマイニングとその結果を可視化できる体制を整えた。文書作成、病診連携、病歴管理などのシステムと医療費支払いに関するDPCのデータファイルから、分析用データベースサーバーにデータを取り込むようにした。

 これとは別に、電子カルテの診療データを収納するために、データウエアハウスを設置。これらのデータを、リアルタイムで分析できるようにしている。

 職員は、クライアントPCから分析ソフトでサーバーにアクセスし、データを閲覧・分析できる。「一部の人だけに見せても病院は変わらないと考えて、できるだけ多くの職員に見てもらえる仕組みを作った」(西田氏)。たとえば、グループウエアのトップページに、必ず入院患者数や外来患者数などのデータを表示するようにした。

 診療現場での経験が豊富な西田氏は「病院の中だけでも、膨大なデータが蓄積されている。それを分析、加工して病院の意思決定に活用するのがデータサイエンティスト」とし、医療データサイエンティストに必要な能力として、自身の経験から以下の3つを挙げた。

(1)見つける力(問題解決力)。「データ分析を活用するチャンスを見つけること。こんなデータ分析なら役立つのでは、というひらめき、目利きが大事。どんなデータ分析をやってみるかではなく、どう変革するかという思考が必要」

(2)解く力(分析力)。「ただ解くのではなく、問題を解決する姿勢が必要。データ分析から得られる治験と現場の勘・経験を融合する。“検算力”を身に着けて、分析ミスをしないように注意する」

(3)使わせる力(実行力)。「データ分析で得られた解を意思決定に使わせる。将来の未知の事柄に関する示唆を得る上で、意思決定者がどんな情報を得たいと思っているかを予測して、分析結果を報告する」

 西田氏は特に(3)について「単に分析して面白いデータが出た、ではダメ。意思決定者に使ってもらえる形で提出する必要がある。そして、データ分析の良さを分かってもらって、今後も使っていこうと思わせることが最も重要」と解説した。

推定入院患者数の変化を試算、拡大路線を止める

 これまでにデータ解析で成果を上げた事例も紹介した。例えば、患者が支払っていない未収金の額が減らないことに関連して、会計部門の努力不足を幹部から指摘されたケース。それまでは未収金の月額合計のみを算出していたのを、未収金の発生月ごとに色分けして柱状に重ねたグラフにした。

 すると、職員の努力で未収金は発生から5カ月程度でほぼ回収し終わるが、毎月新たに未収金が発生するために総額が減らず、全体としては放置しているように見えることが分かった(写真4)。

写真4●西田氏があぶり出した未収金額の推移
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 さらに、コンサルティング会社から、新病棟を建設して病床数を増やすように提案を受けたケースにも言及。幹部たちは売り上げや利益が増えそうなこの提案に乗り気だったが、西田氏は15歳未満、15~64歳、65~74歳、75歳以上の4区分に分けた広島市の人口予測データと2006年から11年までの入院患者数のデータを基に、将来の患者数を推定。現状のままでは、2011年に1万人を超えていた入院患者数が、2015年には9300人まで減るという試算を提出し、計画推進を思いとどまらせたという。

 続いて西田氏は、これまで自身がリードして実施してきた施策について述べた。(1)医療情報、診療記録、医事の3つの部署を同じフロアの隣接した部屋に置いたこと、(2)統計調査部門を経営企画部門から医療情報部門に移管させたこと。「この2つが実現したことで、正確なデータ分析をする環境が整った」(西田氏)と説明した。

 今後の広島赤十字・原爆病院における課題として、西田氏は「現状では利用できるデータを集めきれていないし、担当職員のデータサイエンティストとしての能力もまだまだ低い」と指摘。最も難しい課題として、組織上でデータサイエンスチームの役割が明確になっていない点を挙げた。「現在は医療情報管理課として、データ分析・活用とプラットフォーム管理の2種類の職務を担っている。将来は、戦略室などの名称で独立した幹部直轄の組織になることが望ましいと考える」と持論を展開した。


この記事はITpro 「ITで“今度こそ”変わる日本の医療」から転載したものです。