平昌五輪の競技会場について、現地視察を基に検証してきた山嵜一也氏の連載が最終回となる。開催に至るまでに作成された3つの招致計画を読み解くことで、平昌五輪のレガシー計画について総括してもらった。(日経 xTECH/日経アーキテクチュア)

平昌五輪施設の空撮。氷上系競技施設が集まる韓国・江陵オリンピックパーク。右下から時計回りに、フィギュアスケートとショートトラックが⾏われた「江陵アイスアリーナ」、スピードスケート会場の「江陵オーバル」、アイスホッケー会場の1つ「江陵ホッケーセンター」。元々から恒久施設の計画だった「アイスアリーナ」は曲面を多用した複雑な建築形状に対して、途中で仮設から恒久施設へと設計変更された「オーバル」と「ホッケーセンター」は共に簡単な形状である。度重なる計画変更はこのように建築形状にも現れる。2017年10月撮影(写真:共同通信社)
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 平昌五輪の閉会式からわずか10日後、大会で使用された「スライディングセンター」が閉鎖されるとのニュースが流れてきた。平昌以前の冬季五輪においてスケート系競技以外に結果を残してこなかった韓国チームはこの競技場で、政府の後押しまで受けて獲得した金メダルのスケルトンだけでなく、ボブスレー男子4人乗りで韓国チームは銀メダル獲得していた。韓国ウインタースポーツに新しい可能性を示した競技場がたった10日のレガシーとなってしまうのか。

 前回のコラムで、氷上を一瞬にして選手は通り過ぎるが、競技場はレガシーとして残る、としたのに100億円かけて建設された競技場は一瞬にして役割を終えてしまうのだろうか。

 閉鎖の理由は、維持費としての財政負担の所在が不明確だから、という。今回の平昌五輪視察に行くきっかけとなった長野五輪のレガシーである同競技会場「スパイラル」も20年目にして競技会場としての利用が休止されたが、平昌は日本の長野と同じ問題を抱えている。日本海を隔てた島国に横たわるホワイトエレファント(負の遺産)の問題点を検証していなかったのだろうか。

過去の招致ファイルからひもとく

 平昌冬季五輪のレガシーを検証する連載も最終回を迎えた。平昌を現地視察し、この連載をまとめるために計画の背景を集めると、レガシー計画は招致案から綿密に練られていなければならない、と考えるようになった。

スピードスケート会場の内観。氷上競技の1つも最初は仮設だったのが途中から恒久施設になっている。そのことで江陵オリンピックパーク内の隣接した場所に似たような施設が3つもできたことになる(写真:山嵜 一也)
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 そもそも、平昌五輪は開幕前から競技場の後利用が懸念されていた。これも私が現地視察に臨んだ理由の1つであるが、なぜ10日間のレガシーということが起ころうとしているのか。そこで、改めて平昌五輪の3つの招致ファイル、バンクーバーに敗れた2010年版、ソチに敗れた14年版、そして成功した18年版をひもといてみた。そうすると、この連載の始まりで扱った2つのオリンピックパークの謎が解けた。

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