エンジニアが積むべき「良い体験」とは

シバタ:そういう数字感覚を磨くために、ユーザーローカルでは従業員に何かしらの機会を提供していますか? 例えばKPIに関する数字を積極的に開示するとか。

伊藤:数字に関しては、営業状況から売り上げ、契約者数などKPIにかかわるもの以外も含めてほぼ共有していますよ。ご要望フォームを通じて寄せられるユーザーの声みたいな定性情報についても、部門を問わず多くの社員が見られるようにしてあります。

シバタ:情報をできるだけ隠さず公開するやり方は、楽天と近いんですね。

伊藤:ええ。今は「オープンブック・マネジメント」といって、自社の経営指標を社員に開示することが大事だと言われてきていますけど、僕らが楽天にいた頃はあまりそういう会社がなかったですよね。

 ただ、いろんな数字を共有しても、それに食いつくエンジニアは多くないという課題もあります。

シバタ:やはり、エンジニアの方々はあまり興味を示さないものですか?

伊藤:僕もエンジニアなので気持ちは分かるんですけど、エンジニアが知りたい数字と、実際の会計に関する数字の間には、「時間差」があるんですよね。

 ユーザーが10%増えたからといって、売り上げがすぐに10%増えるわけではない。でも、長期で見ればユーザーの伸びと売り上げは連動していくものです。なので、先行指標として契約社数なりユーザー数があって、それらの数字が上がれば後から売り上げやARPU(ユーザー1人当たりの平均売り上げ)がついてくる......ということに気づいてもらうよう、経営側が啓蒙していくことが大事です。

シバタ:ちなみに、エンジニアを採用する時に、事業数字に対する感度や知識は見ていますか?

伊藤:いえ、ほとんど確認していません。最近はディープラーニング(深層学習)や自然言語処理、ナチュラルユーザーインタフェースの領域に詳しいエンジニアを積極採用しているのですが、これらの領域は技術力がないと開発が進まないですから。まずはテクニカルな能力を重視しています。

 ただ、最近の若いエンジニアはみんな優秀なので、事業数字の捉え方、考え方みたいな部分は入社したあとからでも問題なく身に付くと思っています。ビジネスとしてサービス開発をしていく中で「ユーザーとの良い体験」を積み重ねられれば、自然と意識が変わっていきますから。

シバタ:良い体験とは、具体的にどんな体験ですか?

伊藤:要望やクレームをきちんと検証して、そこで見いだした改善点や新機能開発のアイデアを実装してみて、その後の反応をつぶさにウォッチする。こういう基本的なPDCAサイクルを丁寧に回していれば、定量的な数字か定性的な情報かはさておき、いつか良い反応が返ってくるものです。

 だから経営者としては、エンジニアにこういう体験をできるだけ多く積んでもらえるよう、舞台を整えるのが大事だと考えています。

シバタ:なるほど。すごくまっとうな考え方ですね。

 最後に1つおうかがいします。 ユーザーローカルは2017年にマザーズに上場しましたよね。昔から伊藤さんを知っている身としては、正直に言うとビックリしました。上場企業の社長になると、サービス開発以外の様々なことに気を配らなければならないですよね?

伊藤:ええ。僕も、会社を始めてから数年間、上場は全く考えていませんでした。売り上げもあって、利益も出ていて、お客さまにも評価していただいて。これ以上、求めるものはないと思いました。

シバタ:そうなんです、ずっと黒字で資金調達もしなくていいわけですから、上場しなくてもいいのでは? と思っていました。なぜ考えを変えたのですか?

伊藤:いろんな方とお話する中で、長期間良いサービスを提供していくには、将来に投資ができる体制を作っていく必要があると考えるようになったからです。

 それなら、適度にマーケットからのプレッシャーを受けながら、社会の公器としてビジネスをやっていく土台を作ったほうがいいかもしれない、と。そのはじめの一歩としての上場でした。

シバタ:上場してみてどうですか? 今まで以上に説明責任も増えて大変だと思いますが。

伊藤:今はまだ、そんなに変わった部分はないです。ユーザーローカルは高度な財務戦略を採っているわけではありません。また、どこかの企業を買収して、のれん代償却について決算説明会で説明する規模にもなってはいません。

 ただ、そういうチャンスが得られるタイミングに向け、勉強しておかないといけません。

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